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榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

英語の早期教育に英語の専門家がこぞって反対する理由…「勉強ができない子」量産の危険

文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士
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大事なのは、コミュニケーション言語でなく学習言語

 
 ここで重要なのは、言語をコミュニケーション言語と学習言語に区別することである。そうすれば、英会話に熱を上げることがいかに愚かであり、わが子にダメージを与えるかがわかるはずだ。

 発達心理学者の岡本夏木は、子どもの言語発達に関して、日常生活の言葉である「一次的言葉」と授業の言葉である「二次的言葉」を区別している。

 一次的言葉とは、日常生活において会話をするための言葉のことである。一方、二次的言葉というのは、現実場面から離れた抽象的な議論にも使える言葉であり、そこには話し言葉だけでなく書き言葉も加わってくる。
 
 言語学者ギボンズも、言葉には遊び場言語と教室言語があるとし、バイリンガル教育の研究者カミンズも、会話力と学習言語力を区別している。

 これらの言語の区別には、すべてに共通する基準がある。それは、日常生活の具体的な場面における会話で用いる言葉か、教室で授業を受けるときなどのように抽象的思考や議論をするときに用いる言葉か、ということである。

 このように、言語をコミュニケーション言語と学習言語に分け、言語能力を日常会話能力と学習言語能力に区別する視点は、非常に重要な意味をもつにもかかわらず、意外に見逃されている。

 日本語を何不自由なくしゃべっていても、勉強ができない日本人、知的活動が苦手な日本人がいくらでもいることからわかるように、大事なのは学習言語能力を磨くことである。それを疎かにすると、友だちとおしゃべりはできても、ものごとを深く考えることができず、授業にもついていけない子になってしまう。どんな教室にも、日本語がペラペラで、おしゃべりばかりしていても、勉強がまったくできない子がいるものだ。

バイリンガルでなくセミリンガルになる危険

 一般の人たちは、英会話はできるだけ早くからやるのがよい、そうすればバイリンガルも夢ではない、などと思っているようだが、専門家の間では、外国語の学習は、思考の言語としての学習言語力が母語によって確立されてからのほうが効率がよいとみなされている。

 英文学者の行方昭夫は、そのことを端的に示すものとして、カナダで言語圏をまたいで移住した子どもたちの事例をあげている。

 カナダには英語圏とフランス語圏がある。英語圏からフランス語圏に小学校低学年で移住した子は、フランス語を母語とする友だちとしゃべりだすのが早いものの、教室で使うフランス語はいい加減で、レポートを書くのが苦手な傾向がみられるという。

 それに対して、小学校高学年で移住した子は、フランス語を母語とする子どもたちと友だちになるのに何カ月もかかるものの、まもなく教室の学習には不自由なくフランス語を使えるようになる傾向があるという。

 トロント在住の日本人小学生を対象としたカミンズと中島和子の調査でも、同様の傾向が見出されている。

 つまり、日本語の読み書き能力をしっかり身につけてからカナダに移住した子どもは、しばらくすると現地の子どもたち並みの読み書き能力を身につけることができるのに対して、日本語の読み書きが不十分なうちにカナダに移住した子どもは、発音はすぐに習得するものの、現地語の読み書き能力もなかなか身につかなかったのだった。

 こうしたバイリンガル研究をもとにして、カミンズは、子どもの第二言語能力は第一言語能力によって決まってくるという理論を打ち出している。

 うっかり早めに英会話を習わせたりすると、バイリンガルどころかセミリンガルになってしまう。セミリンガルとは、2つの言語のどちらでも日常会話はできるものの、抽象的な内容を伝達したり理解したりできない状態を指す。いわば、日本語でも英語でも発音良く日常会話はできるのだが、どちらも学習言語としては中途半端で、ものごとを深く考えることができない。

 そのため、友だちとおしゃべりはできても、学校の勉強についていけない。日本語も英語も思考の道具になり損なったのだ。

 ここから言えるのは、英会話を習わせるのは、日本語が学習言語として確立される小学校高学年以降が望ましいということである。

 各分野の学者の集まりである日本学術会議が、低学年からの英語教育による日本語への干渉は避けるべきであるとし、英語教育の低年齢化に反対し、日本語教育の充実を訴えているのも、そうした事情に基づくものといえる。

 以上のようなことを踏まえておけば、幼いうちから英会話を習わなければと慌てるようなことはなくなるはずだ。

 言語社会学者の鈴木孝夫は、英語信仰の愚かさを国民に啓蒙すべきといい、英語学者の渡部昇一も英語の早期教育は百害あって一利なしといい、同時通訳の第一人者で英語教育にも詳しい鳥飼玖美子も小学校からの英語教育に反対している。幼い頃から英会話をやることの弊害に、一刻も早く気づくべきだろう。

 専門家たちが反対なのに、なぜ英会話重視の方向に教育政策が邁進していくのかと疑問に思うかもしれない。だが、そこにはいろんな利権が絡んでいるであろうことは、ニュースを見ていれば見当がつくはずだ。

 子どもをターゲットとする利益第一主義の子どもビジネスからわが子を守るために、とくに幼い子どもをもつ親は、心理学や言語学、教育学などの成果に目を光らせながら、慎重な判断をしていく必要があるだろう。
(文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士)

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