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堀田秀吾「ストレス社会を科学的に元気に生き抜く方法」

「もったいない」で損を膨らませる人々…「あきらめる」で将来得る利益を増大

文=堀田秀吾/明治大学法学部教授
「もったいない」で損を膨らませる人々…「あきらめる」で将来得る利益を増大の画像1「Gettyimages」より

「あきらめるべきか、否か。それが問題だ!」

 人生は選択の連続で、私たちは日常のあらゆる場面で選択を迫られています。

「せっかくここまでがんばったんだから、もう少しだけがんばろう!」

 継続は力なりという、この気持ちはもちろんとても大切です。かの発明王、トーマス・エジソンも失敗しても失敗しても成功するまで続けたといいます。「めげない、くじけない、あきらめない」というのは、何かを成し遂げるための重要な要素です。

 しかし、時には勇気ある撤退、つまり「あきらめが肝心」なこともあります。たとえば、パチンコなどのギャンブルを考えてください。ここまで時間とお金をつぎ込んだんだからそろそろ当たるはずと考えて、お金をつぎ込み続けてすっからかんになってしまったりします。いくらつぎ込んだからといっても、当たりやすくなるわけではないのにです。

 経済学などでは、もうどうあがいても回収が不可能な時間や資本のことを「サンク・コスト(埋没費用)」と言いますが、これは私たちの判断を誤らせる要因のひとつとして知られています。人は、このサンク・コストに敏感で、たとえより良い選択肢が存在していても、サンク・コストを考慮に入れて判断しようとしてしまうのです。簡単にいうと、「これだけやったんだからもったいない。あと少しがんばればなんとかなるはずだ」と思って続けてしまうのです。

 このように、それまでの金銭的、時間的、精神的な投資をもったいながって、損失が膨らむことが半ばわかっていながらも、やめられずにずるずると続けてしまうことを、超音速旅客機コンコルドが大きな金銭的・時間的な投資を続けたにもかかわらず、商業的に失敗してしまった例にたとえて、「コンコルド効果」などとも呼んだりもします。

 サンク・コストは、これからの行動を考えるときに、無視すべき費用と考えるのがいいでしょう。そのほうが合理的な判断ができる場合が多々あります。

 たとえば、さっきのギャンブルの例でいえば、ある程度お金をつぎ込んでしまった時点で、続ける判断をしてすっからかんになってしまう前に、続けた場合に費やすであろう時間とお金を労働につぎ込んだり、ステップアップのための勉強など、自身の向上のために使ったほうが最終的には得るものが大きかったりします。また、負けがかさんだときのストレスからも解放されます。

ほかの動物にもサンク・コスト?

 面白いことに、このサンク・コストが判断に影響を与えるという事象は、人間の本能的な部分に関わっているということがわかってきています。サンク・コストの判断への影響は、人間だけでなく、ほかの動物でも観察されるためです。

 ミネソタ大学のスウェイスらが行った、有名科学誌「Science」(2018年7月号)にも掲載された実験によると、マウスとラットと人間に一定の待ち時間のあとに自分が好む報酬を与えられるようにしておくと、ときに報酬を与えられないような場合でも、それまで待ちに使った時間を惜しんで、待ち時間が長ければ長いほどあきらめたくなくなることが、いずれにも共通に見られました。また、サンク・コストが大きければ大きいほど、あきらめられないという結果も出ました。

 これは、経験したことを、未来を予測するための基準にしようとする、動物が進化の過程で身につけた行動の一種と考えられます。すでに起こったことは確実なことであり、不確実な未来にも同様なことが起こると考えたほうが判断しやすいから、そうするわけです。

 しかし、一方で、それはバイアスとしても機能します。そうなるだろうという思い込みで無駄な消費や投資を続けてしまうというわけです。動物にも同様に備わっている原始的な機能・欲求ということであれば、それを制御するには人間が進化の過程で発達させてきた「理性」の出番です。「サンク・コスト」という概念を頭の片隅においておくことにより、無駄な継続的投資をやめる判断をする選択肢を自分の中に増やすのです。

人間関係におけるサンク・コスト

 人間関係でも同じようなことがいえるかもしれません。「これだけしてやったんだから」といって見返りを求めるような「下心」はいかがなものかと思います。ストーカーになってしまう人の心理もまさにこれなのです。親子であれ、友人であれ、異性であれ、人を愛するということについては、サンク・コストという考えと類似するものがあります。

 精神医学者のエーリッヒ・フロムは、見返りを求めず、相手に与え続けることこそ本当の愛であると著書『愛するということ』で説いています。親から子にかける愛情に代表される無償の愛こそが至高の愛の姿だと考えるわけです。

 サンク・コストとの関連からいうと、他人にしてあげたことは基本的にサンク・コストと考えることで、変に見返りを期待しなくなるので、ストレスが少なく過ごせます。とはいえ、人間は欲深い動物。どうしても見返りを期待してしまう方のために、思い出してほしいのは、「情けは人の為ならず」ということばです。この格言が説く通り、利他的行動は、結局のところ、自分のためになることが実験によっても示されています。

 カリフォルニア大学のルブミルスキーらの実験ですが、被験者たちにお金が関わってこない親切な行動を週に5回、6週間にわたって実行させました。6週間後、親切な行動をした人としなかった人を比べたところ、親切な行動をした人のほうが自身を幸福と感じる度合いが高まっていたのです。

 つまり、利他的な行動は、見返りなんか求めなくても、自然と自分の幸福となって返ってくるということです。そう考えると、損した気持ちも減り、生産的に次の行動に進んでいけます。

 このように、サンク・コストという考え方を活用して、仕事も日常も人間関係も生産的に、ストレスを軽減して過ごしましょう。
(文=堀田秀吾/明治大学法学部教授)

堀田秀吾/明治大学法学部教授

堀田秀吾/明治大学法学部教授

 専門は社会言語学、理論言語学、心理言語学、神経言語学、法言語学、コミュニケーション論。研究においては、特に法というコンテキストにおけるコミュニケーションに関して、言語学、心理学、法学、脳科学など様々な学術分野の知見を融合したアプローチで分析を展開している。執筆活動においては、専門書に加えて、研究活動において得られた知見を活かして、一般書・ビジネス書・語学書を多数刊行している。

Twitter:@syugo_h

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