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田中圭太郎「現場からの視点」

14人死亡の鬼怒川氾濫、国は危険性を認識しつつ放置…住民の対策要求を何度も無視

文=田中圭太郎/ジャーナリスト
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 高橋さんは、法人と個人の両方で原告になっている。責任があるのは明らかなのに、非を認めない国の態度が今でも許せなかった。しかし、それだけではない。多くの被災者が国の落ち度を訴えてきたが、生活の再建に追われて、裁判まで起こそうという人は時間がたつとともに減ってきた。誰かが立ち上がらなければ、国の態度が変わることはない。そう思い、裁判を決心した。

「私たちの声を無視して、危険を放置した国に責任がないというのは、信じられません。私たちが立ち上がることによって、あきらめかけていた人たちも、また一緒に国を訴えようと、動きだすのではないかと思っています」

 実際に、今回提訴した法人と個人の30人以外にも、原告団に加わろうという動きが出ている。近く追加提訴が行われる見通しだ。

泣き寝入りしている人のためにも

 今年7月に発生した西日本豪雨により、各地で大規模な河川の氾濫が発生し、これまでに220人が犠牲になった。

 鬼怒川氾濫と同じように、危険がわかっていながら、洪水対策がとられていなかった場所といえば、岡山県倉敷市真備町の小田川が挙げられる。小田川は過去にも繰り返し氾濫し、河川改修も計画されていたが、実施されないまま今回の水害が発生し、51人が亡くなった。

 水害をめぐる訴訟では、1984年1月に出た大東水害訴訟最高裁判決によって、その後住民側が行政を訴えてもほとんど勝訴できない状況となった。大東水害とは、72年7月に大阪府大東市で大雨で寝屋川が氾濫した水害。その判決で示されたのは、河川の管理と、改修中の河川の管理について瑕疵が認められるのは、「河川管理の一般水準及び社会通念に照らして、格別不合理なものと認められる」場合だけというものだった。

 鬼怒川水害でも、国は非を認めていない。しかし、常総市に行って見てみれば、これだけ長い流域で、周囲に多くの住民が暮らす一級河川を、自然の堤防に頼って国がまともに管理していないことに驚かされる。鬼怒川は利根川の最大の支流で、関東平野を流れる重要な河川のひとつである。社会通念に照らして、放置してきた国に責任がないとは、到底思えない。

 弁護団の只野靖事務局長は、水害訴訟の流れを変えるのも今回の裁判の意義のひとつだと、力を込めて語った。

「水害で被災した方で、裁判で行政の責任を問いたくても、できなかった方が何万人もいると思います。全国で水害が多発しているなかで、鬼怒川と同じメカニズムで被災した方もいるかもしれません。想定外の雨が降ったのだから仕方がない、という国の姿勢で済ませていたら、大きな被害が出る状況はいつまでたっても変わらないでしょう。水害の被害にあった多くの方のためにも、裁判で河川行政の転換を求めていきたいと思います」

 行政による人災を、自然災害で済ませていいはずがない。鬼怒川氾濫をめぐる訴訟では、国の河川行政そのものが問われている。
(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)

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