我が国の刑務所は、認知症の高齢者や障害のある人たちの「福祉施設」と化していた

『刑務所しか居場所がない人たち―学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』著者の山本譲司氏

「『山本さん、俺たち障害者は生まれたときから罰を受けているようなもんだ。だから、罰を受ける場所はどこだっていいや。また刑務所の中ですごしてもいい』。まもなく満期出所しようとしているEさんがそう言った。彼は身寄りがなくて、出所後の仕事も決まっていない。『俺ね、これまで生きてきたなかで、ここがいちばん暮らしやすかった』。そんなことを真顔で言う。彼にとって一般社会は、刑務所よりも不自由で、いごこちが悪いところなんだ」

 これは、元衆議院議員で現在は作家・ジャーナリストとしても活躍する山本譲司氏(56)の新刊『刑務所しか居場所がない人たち―学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』(大月書店)のなかの一節である。5月21日に発売された同書は、多くのメディアの書評でも取り上げられ、すでに4刷と好調な出足を見せている。

 衆議院議員だった山本氏は、2000年9月に秘書給与流用事件で東京地検特捜部に逮捕され、詐欺罪と政治資金規正法違反容疑で起訴された。衆議院議員を辞職し、01年2月に1審で懲役1年6カ月の実刑判決が下った。山本氏は控訴せず、栃木県黒羽刑務所で服役した。

 出所した山本氏は03年、ポプラ社から黒羽刑務所での1年2カ月の獄中体験を綴った『獄窓記』(現在は新潮文庫として出版)を出版。凶悪犯ばかりだと思っていた刑務所が、実は認知症のお年寄りや知的障害のある人たちの福祉施設化している実態を世に知らしめ、同書は新潮ドキュメント賞を受賞した。

 山本氏が服役した栃木県黒羽刑務所は、初犯受刑者が収容される「初犯刑務所」。2度目、3度目といった再犯受刑者は府中刑務所などの「累犯刑務所」に収容される。衆議院議員から一転して受刑者となった山本氏。刑務所は悪の巣窟というイメージが強く、いざ入るとなったときはさすがに怖かったという。

「でも、私が刑務所で出会ったのは、認知症のお年寄りや重い病気の人、障害のある人たちでした。自分で着替えをしたりトイレに行ったり、お風呂に入るのもご飯を食べるのも難しい人。耳が聞こえない人、目が見えない人、あるいは両方の人。読み書きができない人や、自分がどこにいるのかもわからなくてあたりをうろつく人も、受刑者として刑務所に入っていたんです。

 彼らのほとんどは、社会から差別されたりいじめられたりした経験を持っていました。それまで抱いていた刑務所のイメージは180度変わりました。悪い奴らを閉じ込めて罪を償わせる場だと思っていたのに、まるで福祉施設みたいな世界が広がっていたからです」(山本氏)

「あのお金は、お母さんが神様にあずけたんだ」

 山本氏は黒羽刑務所で刑務官を補助する「指導補助」として、障害者のある受刑者たちを世話するうちに、障害者がなぜ福祉施設ではなく刑務所にいるのか、少しずつ理解するようになっていった。同書では、山本氏が刑務所で出会った障害者たちについても触れているので、そのうちの何人かを紹介しよう。

「『あのお金は、お母さんが神様にあずけたんだ。それを返してもらっただけ。だから、僕は悪くないよ!』。刑務所で出会ったAさんは、いつもこう言っていた。彼は20代後半の男性。二度の窃盗罪で、2年6カ月の懲役刑に服していた。窃盗罪で懲役刑なんて聞くと、けっこうな大金を盗んだんだろうって思うかもしれないね。でも、彼が盗んだのは合計300円。神社で賽銭どろぼうをしてしまったんだ」

 Aさんは軽度の知的障害者で、子どもの頃は特別支援学級に通っていた。両親は離婚して、ずっとお母さんと2人暮らしだった。ある日、お母さんと初詣でに行ったとき、賽銭箱に1000円を入れたお母さんは、Aさんに「神様にお金をあずけているんだよ。困ったときに、きっと助けてくれるからね」と言い聞かせた。

 母子2人で寄り添うように暮らしていたが、お母さんが病気で亡くなり、Aさんはひとりぼっちになってしまった。親戚も頼れる友人もないAさんは、障害があるため仕事も長続きしない。やむなくホームレスとなったAさんは、お母さんの言葉を思い出した。

「神様にあずけていたお金で助けてもらおう」。Aさんは、かつてお母さんと行った神社で賽銭箱をひっくり返した。最初に盗んだのは200円。通行人に通報され逮捕されたAさんは、裁判で懲役1年6カ月の実刑判決を受けたが、初犯だったため執行猶予がつき釈放された。

 釈放されたことで、「外に出られたから、やっぱり悪いことじゃないんだ」と確信したAさんは、また同じ神社で賽銭箱をひっくり返した。盗んだのは100円。しかし、執行猶予中だったため、Aさんは刑務所に服役することになった。2度目の裁判で、Aさんは「まだ700円、神様に貸している」と裁判長に言ったが、その言い分は聞き入れてもらえなかった。

「300円だって窃盗は窃盗だから、罪を償わなければならないのは当然ですが、こういう軽い罪は、普通なら刑務所に入るまでもありません。被害を受けた神社に心から謝って、家族のもとに帰るか福祉施設に入るのが定番です。だけど、Aさんは身寄りのない放浪暮らし。知的障害があっても、福祉につながっていなかった。Aさんは刑務所しか居場所がなかったんです。

 これは珍しい話ではありません。刑務所の中には、Aさんのような知的障害のある人が大勢いる。貧困とか悲惨な家庭環境とか、いくつもの悪条件が重なり、不幸にして犯罪に結びついているケースが非常に多いのです。彼らは、軽い罪を犯すことによって、冷たい社会から刑務所に避難してきたともいえる人たちなのです」(同)

30円を盗んで懲役3年

 なかには、300円はおろか、たった30円を盗んで懲役3年の実刑判決を受けた人もいる。Bさんは中度の知的障害者で、小学校低学年くらいの精神年齢だったという。あるとき、駐車中のクルマの窓が開いていて、ダッシュボードの上に10円玉が3枚あったので、つい取ってしまった。Bさんは通報され、すぐ逮捕。再犯だったので「常習累犯窃盗罪」という重い罪名をつけられて、懲役3年の実刑判決を受けた。

「30円盗んで懲役3年になってしまうのは、ひとつには本人の障害特性の問題があります。知的障害のある人は、『反省しています』と、容易には言葉に出して言えないんです。もうひとつは、裁判官が『社会に出しても生活スキルがないんじゃないか。生きていけないんじゃないか』と不安視してしまうことです。とりあえず刑務所という行政機関に送ったほうが安心だという判断が働くのでしょう。

 警察の取り調べだって、きっとまともなやり取りは行われていないはずですが、それでも見事な員面調書が取られているんです。それを頼りに、検察官も首をひねりながら検面調書を取ってそのまま起訴しちゃう。検察官も、できればこういう障害者たちを送検してほしくない。できれば見たくない。だから今、検察庁のなかに福祉職の人が常駐するようになってきています」(同)

 刑務所に入るとき、受刑者は必ず知能検査を受ける。一般的に、知能指数が69以下の場合に知的障害があるとみなされる。2017年に新たに刑務所に入った受刑者は1万9336人。うち、3879人の知能指数が69以下だったという。つまり、受刑者10人に2人くらいは知的障害のある可能性が高いということになる。刑務所のなかは、一般社会と比べても、知的障害のある人が圧倒的に多いことがわかる。

 しかも、知的障害のある受刑者は再犯することが多く、服役回数は平均3.8回だという。再犯者の約半分は、出所から次の事件を起こすまでが1年未満と短い。出所しても、またすぐに罪を犯して、刑務所に戻ってくることになる。犯罪全体の認知件数はこの15年間で3分の1以下に減ったが、知的障害のある人の犯罪はあまり減っていないという。犯罪といっても、ほとんどは窃盗や無銭飲食、無賃乗車などの軽い罪が多いのが特徴だ。

「メディアのみなさんのおかげもあり、ようやくこの問題は少しずつ社会に伝えられるようになってきています。私自身も及ばずながら、この十数年、厚生労働省や法務省の人たちと一緒になって、研究活動、実践活動、あるいは政策提言をやってきました。そうしたなかで、本当に大きく変わりました。さまざまな制度もできました。

 ただし、私は『制度』というものには危うさも感じています。必ず、制度の中から漏れる人が出てくるからです。制度をつくったばかりに、その枠内に入らない人が、かえって排除されてしまうことになりかねない。戦後いろいろと福祉制度は整えられてきましたが、その制度から漏れた人が、まさに今、刑務所にいる障害者たちなのです。でも、ともあれ、この問題に目を向ける予算も付いてきた。厚労省と法務省の、福祉と刑事司法の連携みたいなことも進んできた。確かに、相当変わってはきたものの、現実を見ると実際はまだまだなんですけどね」(同)

中央省庁が障害者雇用を水増し

 それを目の当たりにする事態が、つい先日も明らかになった。「障害者雇用促進法」で企業や国・自治体に義務づけられている障害者の雇用について、肝心の中央省庁が雇用者数を何年も水増ししていたことが発覚したのだ。法定雇用率は今年4月の改訂で、民間企業は2.0%から2.2%に、国や自治体は2.3%から2.5%に引き上げられたばかり。

 昨年6月1日現在の民間企業の達成率は50%、国の33行政機関の達成率は97%とされていたが、これが嘘だったことになる。達成できなかった民間企業からはひとり当たり月5万円の納付金を徴収する一方、達成した企業には補助金が交付される制度だが、国や自治体は未達でも納付金の徴収は義務づけられていない。

「今、月の半分くらいは刑務所に足を運んでいます。私が直接的にかかわっているのは、社会復帰促進センターという、PFI方式の半官半民の刑務所ですが、それ以外にも全国の刑務所を訪ねて回っています。関東の累犯刑務所も、そのひとつです。私は曲がりなりにも社会の中に居場所を見つけて生きているんですけど、累犯刑務所に行くと、黒羽刑務所で寝食を共にした障害者たちが必ずいるんです。黒羽刑務所は初犯刑務所でしたから、みんなビクビクしていた知的障害のある人たちが、今やいっぱしの“懲役太郎”になって刑務所を終の棲家にしている。

 そういう姿を見てきて、単に司法関係者、福祉関係者だけの取り組みでは、この問題は解決しないと思いました。要は、今の日本の社会の有り様の問題です。ハンディキャップのある人たちがすごく生きづらい。生きづらくても自立を求められる。けれども、実際には孤立してしまって、ちょっと変わったことをする異質な人として、社会から排除されてしまうんです。インクルージョン(包摂)といいながら、実はエクスクルージョン(排除)がすごく働いているんです。私はこれまで刑務所の福祉施設化を憂えてきたんだけど、最近は福祉施設の刑務所化が進んでいて、これも大きな問題だと思っています」(同)

「福祉に行ったら無期懲役」

 法務省と厚労省は2009年、出所する高齢者や障害者で住居のない人を福祉施設に橋渡しする「特別調整」という制度をつくり、各都道府県に「地域生活定着支援センター」を設置した。本人が望めば出所後すぐに福祉施設に入所できるのだが、その対象者の10人中9人は、せっかく国がつくったこの制度を利用しないという。なぜか。

 重度の障害者を受け入れる福祉施設には、日額4万5000円くらいの報酬が支払われるが、軽度の障害者の場合は日額1万7000円ほど。重度の障害者は動き回れないため、職員も支援や介助をしやすい。一方、軽度の障害者は自分で身の回りのことはできるが、そのぶん自由に動き回れるので職員は目を離すことができない。このため、人手不足の施設では刑務所並みの厳しいルールで行動を管理し、軽度の障害者の自由を奪う傾向にあるのだ。「福祉に行ったら無期懲役」。それが、彼らの共通認識になっているのだ。

「日本にも江戸時代くらいまでは障害者を地域で包み込むという文化があったんですが、明治維新以後はそういう文化もなくなってしまった。障害者を病院や人里離れた場所に隔離する政策が推し進められてきました。でも、考えてみてください。人間誰しも、不慮の事故や病気などで、いつ障害者になるかわからないのです。彼らを排除すれば、そのうち自分や自分の子どもも排除される対象になるんじゃないか。排除って、どんどん進んでいきますからね。

 私は、今年で56歳になります。議員としての人生より、福祉の仕事が長くなりました。今のほうがゆっくり止まって考えられていいですね。国会議員時代って、やっぱりわかったような気になっていたんですよ。福祉の問題にも積極的に取り組んでいたつもりなんですが、今考えると表面的なところしか見ていなかったんじゃないかと思います。今も昔も生活は安定しませんが、気持ちの上では今のほうが安定していますね。

 私は恵まれていると思うんですよ。黒羽で1年2カ月間一緒に過ごした彼らが相変わらず刑務所にいるという現実を見ると、本当に切なくなってくるんです。でも、それも他人事ではありませんね。出所後の人生がうまく回っても、どこかに落とし穴が待っているんじゃないか。現実にそういうのも見ているので、これからの自分の人生、調子に乗らず、地道にてらわずに生きていくつもりです。そうしたなかで今も、刑務所の中にいる彼らがひとりでも多く社会に迎えられる環境をつくりたいと思っています」(同)

「刑務所の入口が、排除の入口じゃなくて、インクルージョンの入口になるまで、私の受刑生活は終わらない」

 著書の最後を締めたのは、そんな決意の言葉だった。
(文=兜森衛)

●山本譲司(やまもと・じょうじ)
1962年生まれ。元衆議院議員。2001年に秘書給与詐取事件で実刑判決を受け服役。出所後は障害者福祉施設で働きながら、『獄窓記』『続獄窓記』『累犯障害者』などを世に問い、罪に問われた障害者の問題を社会に提起し続けた。NPO法人ライフサポートネットワークや更生保護法人同歩会を設立し、現在も高齢受刑者や障害のある受刑者の社会復帰支援活動に取り組んでいる。PFI刑務所の運営アドバイザーも務める。2012年『覚醒』、2014年『螺旋階段』、2018年『エンディングノート』(いずれも光文社刊)など小説家としても活躍中。

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