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江川紹子の「事件ウオッチ」第114回

【Twitter投稿で戒告処分】言論の自由がない裁判官に、言論の自由についての判断ができるのか

文=江川紹子/ジャーナリスト
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「当事者の感情を傷つけた」とは

 私も、記事の中で印象的な部分を引用したり、要約したりしながら記事を紹介するツイートはしばしば行う。それに「……、と」という1文字を加えるなど、できるだけそれが引用等であることを示す努力はしているが、ツイッターは字数が限られるので、引用や要約であることをはっきり明記できない。そのため、私が自分の意見を披瀝したように勘違いして、反論してくる人も確かにいる。ただし、そう多くはない。たいていは私のツイートを常に見ているわけではなく、私の発言の仕方がわかっていないだろうフォロー外の人だ。

 もしかして、私のフォロワーさんは、一般に比べて読解力が高く、それに助けられているのかもしれないが、それにしても最高裁が言う、ツイッター利用者の「一般的な閲覧者の普通の注意と閲覧の仕方」とは、どういうものなのだろう。私にはよくわからない。

 裁判官の業界は、岡口氏が実名でツイートしていることが話題になるくらい、ツイッターとはあまり縁がなさそうである。そのなかで最高裁の裁判官たちが、ツイッター利用者の「一般的な閲覧者の普通の注意と閲覧の仕方」がいかなるものか、どうやって知ったのか。甚だ疑問だ。

 最高裁の決定によれば、岡口氏の“罪状”は、犬の元の飼い主であり、返還請求訴訟を起こして勝訴した当事者の「感情を傷つけた」という一点である。

「傷つける」あるいは「傷つく」というのは、とても曖昧な言葉だ。ちょっと気分を害した、という程度から、自分の存在を丸ごと否定されたような気持ちになり自殺を考える、という深刻なものまでを含む、幅広い表現でもある。極端な話、本人が「傷ついた」と言えば、「傷つけた」ことが事実にもなる、非常に主観的な物言いでもある。

 今回は、犬の元飼い主は、どの程度の傷つき方をしたのかはよくわからない。ただ、岡口氏のツイートもリンク先の記事も、名前を明らかにしているわけではなく、その人の社会的な立場を低下させるものではないし、侮蔑的な表現をしたり、非難をしているわけではない。記事は、元飼い主が取材を断っており、その主張が詳しく載っているわけではないが、裁判を起こしたことを批判しているのではなく、裁判所に注文をつけている内容だ。

 もちろん、それでも元飼い主は傷ついたのだろう。そもそも、記事で取り上げてほしくなかったのかもしれない。しかし、裁判は原則として公開で行われ、時代や社会を反映している事件が注目されるのは仕方がない。

 プライバシーには配慮しつつ、報道や言論の自由は守る。そういう努力をしていても、傷つく人は出てくる。傷つく人をゼロにしようとして報道や言論を著しく制限すると、今度は人々の言論の自由や知る権利が侵される。今、裁判がどのように行われているかを、国民が知ることができないというのは困る。

 そもそもあらゆる表現は、人を傷つけたり、不快に思わせたりする可能性をはらんでいる。特に、ツイッターの世界では、「つぶやき」と言うには、あまりに遠慮も配慮もない攻撃的な言葉が日常的に飛び交っている。私も、そうしたツイートに日々さらされ、深く傷つくこともしばしばある。

 一方、私も他者を傷つけているだろう。さまざまな出来事や人物を批判的に論評すれば、関係者のファンや支持者、当事者に近しい人たちから、自分たちがいかに傷つき、怒っているかを示すツイートが飛んでくることもよくある。考え方の違う意見を見るだけで不快に感じ、憤りをぶつけてくる人もいる。

 しかし、誰かが「私は傷ついた」「不快だった」と言うたびに、発言を制限したり、発言の主を罰していたりしては、人は萎縮し、モノを言うことを恐れて、自由な言論の場は成立しない。

 差別・排他的な物言いや、人の尊厳を否定するような侮蔑表現、虚偽情報に基づく非難や大衆煽動、あるいは個人情報をさらしたり、プライバシーを暴いたりするものは別として、小さな「傷」は少しずつ我慢していくのが、「自由」を守るための暗黙の前提だろう。

 あなたの発言の自由は守る--。そういう覚悟があってこそ、私の言論の自由も守られる。

最高裁はなぜ過剰反応したのか

 実を言うと、私も岡口氏の「白ブリーフ」姿などは嫌いだ。うっかり見てしまい、不快な気持ちになったこともある。だから、次回からは注意して、うっかりアイコンを拡大したりしないし、添付写真には気をつける。そうやって、不快さを回避し、傷を負わないようにしながら利用するというのが、多くのツイッター利用者なのではないだろうか。どうしても見たくないツイート主については、表示されないような機能もある。

 職業によって、その発言に一部制約が課されることはある、というのは理解できる。けれども、その制約は、必要最小限のものでなければならない。裁判官にも言論の自由はある。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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