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『大恋愛』最終回、現役医師ですら胸を締めつけられる、認知症の切実な現実描写

文=井上留美子/医師

 ついに14日、最終回を迎える連続テレビドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)。ストーリーは、間宮尚(戸田恵梨香)の病気・若年性アルツハイマーの進行と、家族の闘いに絞られてきました。7日に放送された第9話の平均視聴率は、前回より1.5ポイント上がって10.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、5週ぶりに2桁を記録しました。

 第9話は、つらくて見ているだけで気分が下がる感じでした。尚の、大口を開けて「ガハハ」と笑う姿は、病気の進行と共に見られなくなってきました。計算された演技ですね。素晴らしい。引越し先の新居のソファーに座りながら、目まぐるしく動く人たちの中で、間宮真司(ムロツヨシ)にふわーっと微笑む様が、無感情の中にも状況を察知して対応する「まだらな病気感」がリアルに表現されていて、日本の若手女優のなかではピカイチだなと、勝手に思ってしまいました。

通常のアルツハイマー病と異なる闘い

 若年性アルツハイマーは、進行と共に神経細胞が減少し、覚醒度が落ちていきます。寝ていることが多くなり、自ら食事をとる意思すらなくなり、胃ろうを作成しての栄養補給になっていくことも少なくありません。

 生きているということの意味、家族の治療の選択など、そこには深い問題が出てくるのです。

 この病気は、体力があるのに認知機能障害が起きていくわけで、高齢になってから発症する認知症とは大きく異なります。

 認知症で亡くなることはなく、身体の病気や老衰で人生の終末を迎えるわけなので、若年発症のケースでは、それとはまったく異なった闘病生活があることは容易に想像できます。胃ろうの問題なども含め、ここが一番つらいところなのです。

 尚の病気の進行と共に、このドラマも「愛すること」あるいは「情」といった感情が混在して徐々につらいものになってきました。

 私としても、これまでは深い愛を感じながら見ていられたのに、日々の患者さんとのやり取りや、患者さんに言われたひと言などが思い出され、現実の治療の切実さに結びついて、見ていてつらくなってしまいました。

家族の介護の苦労は想像を絶するもの

 介護者はついつい自分を責めてしまいがちで、相手が病気だとわかっていても、その言動についイラッとしてしまうし、逃げたくもなります。「なぜ自分がこんな目に遭うのか」と、介護者が精神を病んでしまうことだってあります。

 私の外来ですら、いくら説明しても逆切れする方、注射に激怒し叩いてくる方、毎日同じ質問で受診する方、お釣りをもらっていないと言い張る方など、こだわりポイントはさまざまですが、日常的に見られる光景です。

 それでも、我々はあくまで他人ですから、根気強く対応もできるし、思わずくすっと笑ってしまうような、ほっこりするやり取りもあったりします。しかし、このやり取りが24時間続いたらと思うと、ご家族の苦労は想像をはるかに超えるものでしょう。

 それが今回の本ドラマのように、大切な子育てにかかわってくるような事件が起きてしまえば、責めるに責められない厳しい状況に発展していってしまいます。子供と散歩に出かけた尚が、それすらわからずニコニコしながら帰宅するシーン、そして子供が見つかって帰宅した時に、皆の表情から何かを察知した尚のつらさは、見ていて心が締め付けられました。

 以前も書いた『アリスのままで』(キノフィルムズ)という映画で、若年性アルツハイマーを患った主人公のアリスは、自分宛てにビデオレターを残していました。「病気が進行したら自殺するように」という内容です。そして自殺の手順の指示をしっかり残しているのです。病気が進行したアリスは、それをやらねばならない、そしてやりたい、という気持ちがあり、実行に移すのですが、引き出しから薬を取り出した後の行動がわからず、ビデオレターに戻ろうとするけれど、その途中で自分が何をしようとしていたのかわからなくなってしまうのです。

 そのように、行動の途中で自分のしていることがわからなくなってしまうことがあるのです。

すべてが人生に影響している

 そんな重い展開が続いた今回、唯一の“ほっこりポイント”は、松岡昌宏演じる井原侑市と草刈民代演じる北澤薫の熱愛発覚でしょうか。やっぱり、ここでも大恋愛が展開されました。さすが大石静さんの作品だけあって、大人の恋愛描写が素敵です。これも“セカンドバージン”か。

 薫が侑市に飛び込む勇気ったら素晴らしいし、年上女医にありがちな上から目線、ダメ出しなどはなく、謙虚でしおらしくてかわいい感じが逆に年齢を感じさせました。

 若年性認知機能障害の研究をし、患者とある意味、客観的にしか接してこなかった侑市が放った「無難に生きていくことに疑問を感じた」という言葉には重みが感じられました。これも尚の存在する意味ですね。尚は「自分の存在した証として子供も産みたい」と言っていましたが、十分たくさんの人たちの人生を変えましたね。

 私も含め、医師は常に人の「死」と隣り合わせです。看取りをする医師は、私なんかよりもっと深く、「生」に対する価値観を持っているのではないでしょうか。

 外来にフラっと来ただけなのに大病が見つかり、そのままお会いできなくなってしまった方や、「とりあえず、手術してくるけど妻をよろしくね」と私に言い残し、そのまま帰らぬ人になってしまった方もいらっしゃいました。後から、「先生に話したいことがあるって、ずっと言っていたんです」と遺族の方に言われると、その人に想いを馳せるしか術がありません。

「すべてが私の人生に影響し、今の自分の選択がある」――。こんなことを思いながら第9話を見ていました。それがこのドラマの大切なポイントだと、私はとらえました。

 尚は前回、「忘れてしまうのが救い」と語っていました。そう、自分の病気のことも忘れてしまい、嫌だったことも忘れてしまい、まさに尚には今しかないのです。それなのに、今は自分が元凶で好ましくない状況になっているということだけはわかってしまい、決してハッピーではないのです。

 まだ行動ができるうちに、自分の行動を選択した尚。そんな彼女が選んだ生き方の8カ月後が、最終話で描かれるそうです。記憶を失っていく尚の頭に残っていたのは何か。そしてこのドラマは私たちのどんな記憶を残すのか――。尚は、暗唱している真司の作品だけは忘れないのではないかな、なんて予想しております。
(文=井上留美子/医師)

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井上留美子(いのうえ・るみこ)
松浦整形外科院長
東京生まれの東京育ち。医科大学卒業・研修後、整形外科学教室入局。長男出産をきっかけに父のクリニックの院長となる。自他共に認める医療ドラマフリーク。日本整形外科学会整形外科認定医、リハビリ認定医、リウマチ認定医、スポーツ認定医。
自分の健康法は笑うこと。現在、予防医学としてのヨガに着目し、ヨガインストラクターに整形外科理論などを教えている。シニアヨガプログラムも作成し、自身のクリニックと都内整形外科クリニックでヨガ教室を開いてい。現在は二人の子育てをしながら時間を見つけては医療ドラマウォッチャーに変身し、HEALTHPRESS、joynet(ジョイネット)などでも多彩なコラムを執筆する。

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