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水野誠「マーケティングの進化学」

市場の多様性を生み出すのは何か…世界の文化が融合するか分裂するかをシミュレーション

文=水野誠/明治大学商学部教授

 このモデルのシミュレーションは、前回紹介したartisocを使って実行することができます。ここではサンプル・モデルとして公開されているものを動かしてみました(関心のある方は、「MASコミュニティ」からartisocとサンプル・モデルを入手してください)。図2に、各エージェントの初期状態が示されています。各エージェントの文化は、今度は3次元にされています。各要素は最初はランダムに決められます(各エージェントに対応するセルの色がさまざまなのは、そのためです)。そこに、上で述べたようなルールを適用してコンピュータ・シミュレーションを行います。

市場の多様性を生み出すのは何か…世界の文化が融合するか分裂するかをシミュレーションの画像3

 図3は、シミュレーションが収束した状態の例です(色が同じセルは、エージェントの文化が同じであることを意味しています)。(a)のように、いくつかの文化が共存している場合から、(c)のようにほぼ1つの文化に席巻された場合まで、さまざまな状態に収束することがわかります。

 この違いはどこから生まれたのでしょうか。可能性があるのは、初期状態の違い、最初に変化を起こすエージェントの違い、コミュニケーションが起きたときに移転する文化の要素(複数の候補があった場合)の違いなどですが、それぞれランダムに(つまりサイコロを振るかのように)決まったものです。つまり、世界の文化がほぼ1つに融合するか、いくつかに分裂したまま持続するかは、偶然に左右されるということです。しかも後者の場合、どのエージェントがどのセグメントに入るかも偶然によります。

市場の多様性を生み出すのは何か…世界の文化が融合するか分裂するかをシミュレーションの画像4

モデル・シミュレーションはどう役に立つのか

 そんなことはあくまで抽象的なモデルの世界の出来事で、現実の世界はまったく異なるものだ、という批判があっても不思議ではありません。だから、そこから何か教訓を引きだしても無駄である、というわけです。もちろん、シミュレーションの結果が現実そのままではないのは確かですが、それが現実の本質的な部分を抉り出しているなら、そこから深い洞察(インサイト)が得られるはずです。

 そこでまず、文化の流布モデルの特徴を振り返ってみましょう。1つの特徴は、文化を多次元なものとしてとらえていることです。このことは、消費者の特性や行動の選択肢を多次元で捉えるマーケティング・サイエンスにとっては、なじみやすい考え方です。

 文化の流布モデルのもう1つの特徴は、エージェント間のコミュニケーションは、お互いの文化が類似しているほど起こりやすい、と想定していることです。アクセルロッドは、社会学あるいはコミュニケーション論における既存研究を概観して「考え方の移転は……信念、教育、社会的地位などといった特定の属性の似通った人びとのあいだで最も頻繁に起こる」と結論づけています。これら2つの特徴から、相対的に似たエージェント間でコミュニケーションが進み、お互いの特性がますます似ていくと予想されます。

 その一方で、限られた隣人としかコミュニケーションしないという制約があるため、セグメントがそれ以上混じり合うことなく、たまたま生まれた分断が固定化される可能性があります。エージェントどうしがコミュニケーションするにはいくつか類似点が必要ですが、偶然の積み重なりによって、そうした接点がない膠着状態に到達してしまうのです(ただそれは必然ではなく、1つの可能性でしかありません)。

 また、アクセルロッドは、空間全体を広げる(格子の総数を増やす)とどうなるかもシミュレーションによって調べました。直感的には、空間が広がるほど1つの文化に吸収されにくく、分極化が生じやすいようにも思えますが、シミュレーションの結果は逆でした(つまり、空間が大きくなると1つの文化への集中が起きやすいということです)。

 そういう観点から世界の歴史を振り返ると面白いかもしれません。このシミュレーションが正しいなら、広大な大陸ほど文化の差異がなくなり、同質化しやすいはずです。しかし、現実がそうならないとしたら、ほかにどんな要因が働いているのか――。そうした考察を助けてくれるのがモデリングでありシミュレーションなのです。

新たなマーケティング・モデルを求めて

 アクセルロッドの文化の流布モデルは、シェリングの分居モデルと並んで最も有名なエージェントベース・モデルの1つです。それらの魅力は、モデルの基本メカニズムは非常に単純でありながら、複雑な相互作用から意外な帰結を導くことができる点にあります。ただし、モデルの設定は絶対的なものではなく、むしろそれを変えたときに、全体の挙動がどう変わるかを調べることで現象の理解がより深くなるはずです。実際、これまで多くの研究者が、アクセルロッドやシェリングのモデルの改良や拡張に挑戦してきました。

 マーケティングの視点からすると、たまたま選ばれた隣りのエージェントの1人からしか影響を受けないのは、あまりに非現実的のように思えます。隣人は少なくとも4人いるわけですし、影響を受ける範囲をさらに広げるとどうなるでしょうか。マスメディアにしろソーシャルメディアにしろ、地理的な近さを超えたコミュニケーションを可能にしています。そう考えると、格子状の世界ではなく、ネットワーク型の世界を考えてもよいかもしれません。

 オリジナルの文化の流布モデルでは、エージェントは自分と似ている隣人の特性を自分に取り入れていきますが、現実には自分とは似ても似つかないが、憧れを感じる他者の特性を取り入れることもあります。あるいは、他者と同じになるのではなく、相手と自分を差別化していく場合もあるでしょう。ファッションなどの財では皆と同じものは持ちたくないという、いわゆるスノッブ効果の存在が知られています。

 また、文化の変化が自発的に起きる可能性を無視できません。文化の流布モデルでそれを扱うには、文化のある要素が突然変異で変化するといった設定が考えられます。そうした拡張を行うと、いったん収束したと思われた状態から再び変化が起きる可能性があります。そのほかにもいろいろな拡張が可能で、実際にそうした研究が行われています。

 モデルを拡張した例として、経営学者の稲水伸行が行った研究を紹介しておきたいと思います。それは残念ながらマーケティング分野の研究ではなく、従業員の行動を対象とした経営組織論の研究です。フリーアドレスのオフィスでは、従業員がオフィスで働く場所は流動的で、彼らはさまざまな場所で他の従業員とコミュニケーションを行います。そこで、エージェント(従業員)の空間内移動を分居モデルを参考にモデル化し、コミュニケーションについては文化の流布モデルに基づきモデル化するというハイブリッドが考えられるわけです。このように、本来別物であったモデルを統合することで、新たな研究上の地平が開けてくることがあります。
(文=水野誠/明治大学商学部教授)

(参考文献)
アクセルロッドの文化の流布モデルは、最初は以下の論文で発表されました。
Robert Axelrod(1997), The Dissemination of Culture: A Model with Local Convergence and Global Polarization, Journal of Conflict Resolution, 41, 203-226.
これは、邦訳もある以下の書籍の7章に収録されています:
Robert Axelrod(1997), The Complexity of Cooperation, Princeton University Press.(ロバート・アクセルロッド『対立と協調の科学』寺野隆雄・監訳、ダイヤモンド社)
最後に触れた、文化の流布モデルと分居モデルを統合させた研究については、以下の書籍で読むことができます:
稲水伸行(2014)『流動化する組織の意思決定: エージェント・ベース・アプローチ』東京大学出版会

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