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大野智、村上信五の“元同僚” ジャニーズファンが語る元純烈・友井雄亮の“地味さ”

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ぶっちゃけ、地味メン

「それなりに知られたメンバーではあるけど、突出した人気はない。そういう意味では2番手メン、地味メン、という印象でしょうか」

 こう語るのは、中部地方在住のAさん(40代)だ。

「彼がジャニーズJr.に在籍していた1994年から1998年あたりというのは、1993年に結成され1997年にデビューするKinKi Kidsが、まさに関西から出てジャニーズファン内での人気を確固たるものにしていった時期と重なります。

 昨年末に、滝沢秀明くんの芸能界“引退”に合わせ、テレビ朝日で放送されていた『8時だJ』の復活特別番組が放送されましたが、その『8時だJ』の放送開始が1998年。この番組は、滝沢くんをはじめ、当時のジャニーズJr.人気を受けてのものでしたから、まさに当時のそうしたジャニーズJr.人気が頂点に達する直前の時期に、マッキー(友井の本名・牧山雄亮からの愛称)は関西出身のジャニーズJr.として、その一角を担っていた……ということになりますね」(Aさん)

 そんな彼が、“2番手メン”“地味メン”だったというのは、どういうことだろうか?

「関西のジャニーズJr.としては、マッキーの少し上の世代として田中純弥くん、北山純一くん、野中和久くん、横山裕くんがメインで活躍していて、1998年に田中純弥くんらが退所したころから、現在関ジャニ∞として活躍中の村上信五くん、そして関ジャニ∞を昨年辞めた渋谷すばるくんなどが一気に前に出てきます。で、マッキーは、この2つの世代の中間にいて、なんか目立たなかった……という印象しかないんです」(Aさん)

 のちに関ジャニ∞の中心メンバーとなる横山、村上、渋谷のほか、現在は“現代美術家”の肩書で活躍する田中純弥まで擁するなど、この時期の関西ジャニーズが多士済々であったことはよくわかる。では、そのなかで“マッキー”ことのちの友井雄亮は、どのような活動をしていたのだろうか? これについては、Aさん同様40代の古いジャニーズファンである関西在住のBさんの言葉を聞こう。

「ぶっちゃけていうとマッキーは、毒にも薬にもならない存在というか……。もちろん、当時の関西ジャニーズJr.の一翼を担ってはいて、雑誌でもよく見かけた記憶はあるから、事務所の人に気に入られていたとは思うんです。でも、じゃあ関西ジャニーズJr.のなかでイケてるほうかといわれると、うーん、みたいな。顔も少しフケ気味だったせいか、実際マッキーのファンってそんなにいるのかな……? みたいな印象はありましたね。『8J』の前に関西テレビでやっていた『Kanjani Knight』にも出ていたんですけど、そこでは田中くん、北山くん、野中くん、横山くんの4人に加えて、渋谷くんや村上くんらが中心的な存在でしたしね」(Bさん)

 では、のちの関ジャニ∞やジャニーズWESTのように、彼がオリジナルソングを歌うといったこともなかったのだろうか?

「そうですね、ありません。マッキーは1998年のジャニーズ退所の少し前に、“MAIKO&お国”というグループに5カ月だけ加入します。でもこのグループは、のちに嵐としてデビューする大野智くんが出演した舞台『Kyo To Kyo』のためだけのグループで、雑誌などでは紹介されるけど、単独で何か活動をしたわけではありませんしね。

 まあそんなわけで、キャラも薄く、ジャニーズに在籍中はずっと、一応知られてはいるけど影が薄かった……というのが、マッキーに対する私の印象でしょうか。彼自身もそのような状況を自分でわかっていたのでしょうし、だからこそ退所したのではないですかね」(Bさん)

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