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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

天才・ベートーヴェンを生んだ不幸な英才教育、天才・モーツァルトを生んだ幸福な英才教育

文=篠崎靖男/指揮者

身分を超えた恋の行方

 そんな時に事件が起こりました。召使によって鏡のように磨き上げられていた宮殿の床で転んでしまったのです。そこで助け起こしてくれたのが、皇帝夫婦の11人目の王女、マリー・アントワネットでした。その優しさに感激した6歳のモーツァルトは、当時7歳のマリー・アントワネットに、「大きくなったら僕のお嫁さんにしてあげる」と求婚しました。

 2人が結婚することはありませんでしたが、その後、モーツァルトはスター作曲家の道を歩む一方、35歳の若さで生活に困窮しながら世を去りました。そしてモーツァルトの死の2年後、マリー・アントワネットは、フランス王ルイ16世の王妃として、フランス革命のパリでギロチンの露と消えました。

 当時は、皇室の王女と、使用人の身分の音楽家の結婚は許されるものではありませんが、時代が時代ならと思います。日本のご皇室をはじめとして、現在の世界中の王室では、民間人との結婚が主流になっているので、天才作曲家モーツァルトと、ハプスブルク家王女マリー・アントワネットの結婚なんて、考えただけでも素敵です。

 そしてもし、モーツァルトが王女と結婚していたら、金銭的苦労なく、長生きし、41番までしかつくられなかった交響曲を100番くらいまで我々に残してくれたかもしれません。一方のマリー・アントワネットも、生まれ故郷のウィーンで、モーツァルトの音楽を楽しみながら、天寿をまっとうしたことでしょう。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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