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江川紹子の「事件ウオッチ」第121回

【松橋事件再審無罪へ】目に余る検察の“引き延ばし戦略”…冤罪救済のために再審制度の見直しを

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 弁護側の新たな法医学鑑定も、解剖医の修正後の鑑定を支持。遺体に窒息死の所見はなく、死因は絞殺ではない、と断じた。こうした鑑定と、新たに開示された証拠も合わせて検討すると、男性は自宅に運ばれてきた段階で、事故によりすでに死亡していた可能性が出てきた。殺人ではなく遺体遺棄だとすると、事件の見立てそのものが間違っていたことになり、全面的にあらゆる証拠を見直す必要がある。検察側が依拠する法医学者も、解剖医の修正後の鑑定を否定しているわけではなく、確定判決の誤りはますます濃厚となっている。ちなみに原口さんは、第一次再審請求で2002年3月に鹿児島地裁が再審開始決定を出している。これまでに、3つの裁判所で再審開始の判断が出ていることになる。

 この事件でも、弁護団や支援者は原口さんの年齢や健康状態を考え、特別抗告しないよう検察側に申し入れた。しかし、検察側は聞き入れず、特別抗告した。

 弁護側は、即座に意見書を最高裁に提出し、早期に棄却決定を出すよう迫った。一方の検察側は、特別抗告申立書を提出したきり。弁護側は、最高裁が松橋事件では11カ月で判断を出したことから、2月にも決定が出るのではないかと期待していた。ところが最高検は、今年1月17日付で意見書を提出。再審開始決定の論拠となった法医学鑑定を批判する内容で、別の法医学者の鑑定書を添付していた。ただ、この法医学者の意見は、特別抗告申立書に添付された捜査報告書の中で示されている。すでに主張済みのものを、形を変えて出しただけだ、と弁護側は反発する。そればかりか、この鑑定書の日付は昨年8月8日付だった。5カ月もたってから突然提出した検察の意図はなんだろうか。

 弁護側は、1月31日付で意見書を提出。その中で「検察官の引き延ばしの策謀」と厳しく批判。最高裁がこれに影響されず早期に決定を出すよう、強く求めた。

 原口さんは、今年に入って体調が著しく悪化した時期がある。人生の後半を雪冤にかけなければならなかったことを考えれば、せめて意識がはっきりしているうちに果たしたい、というのが弁護団や支援者の願いだったが、時間の経過と共に、それがだんだん難しくなってきている。そんな中での、検察側のこの対応だ。道義にもとる、と言わざるを得ない。

期待できない自浄能力ーー再審手続きの見直しを

 検察庁法で、検察官は「公益の代表者」とされている。検察官の側から再審請求を起こすこともできる制度になっているのは、冤罪から人を救うのも「公益」にかなうからだ。検察の使命は、過去の有罪判決に固執することではない。郵便不正事件での問題発覚後、最高検は倫理規定「検察の理念」を策定した。そこでは、「権限行使の在り方が、独善に陥ることなく、真に国民の利益にかなうものとなっているかを常に内省しつつ行動する、謙虚な姿勢を保つ」とした上で、こう書かれている。

<無実の者を罰し、あるいは、真犯人を逃して処罰を免れさせることにならないよう、知力を尽くして、事案の真相解明に取り組む>

 この理念に従うならば、無実の者を罰してしまった可能性が高まった場合には、むしろ早期に裁判のやり直しを実現するよう、協力するはずではないのか。しかし、松橋事件や大崎事件での対応を見ていると、検察は自らが策定した理念すらかなぐり捨ててしまったようである。

 検察自身の自覚と自制に期待できない以上、再審請求審で「再審開始」の決定が出た場合、検察側は異議申立ができないよう制度変更するしかないのではないか。アメリカやイギリスなど、刑事裁判での検察側の上訴を禁じている国もあるくらいで、そもそも検察側の上訴は限定的であるべきだ。

 とりわけ再審制度は、無辜の救済のために設けられた制度だ。冤罪は速やかに正されなければならない。とはいえ、裁判所も基本的には確定判決の維持を重視するので、再審が乱発されるような事態は考えられない。実際、裁判所は再審を求める人たちにとって、相当に狭い関門である。冤罪の可能性が高くても、なかなか裁判所に受け入れられず、繰り返し再審請求をしている事件もある。裁判所の狭い関門を突破して、1度再審開始の決定が出た場合は、検察官の抗告を許さず、速やかに再審を開くことにしたらどうか。

 そして再審は、あくまで裁判のやり直しだと位置づけ、検察が有罪を確信する場合は、再審公判で徹底的に争えばよい。その結果、再審有罪となる場合もある、ということでよいと思う。

 1967(昭和42)年に茨城県利根町布川で男性が殺害された「布川事件」でも、水戸地裁土浦支部、東京高裁が相次いで再審開始を決定したのに、検察側は最高裁まで争った。申立をしてから再審開始が確定するまで8年かかったが、その半分以上にあたる4年余りが、地裁での決定以降に費やされた。

 同事件で再審無罪となった桜井昌司さんは、こう憤る。

「即時抗告、特別抗告された時は、ものすごく腹が立った。(公益の代表者である)検察は、客観的に物事を見るべきなのに、自分たちの組織の理論を優先させている。組織のあり方として歪んでいる」

 大阪の民家火災で小6女児が死亡した件を放火殺人と認定された「東住吉事件」でも、無期懲役刑が課された母親の青木恵子さんらが獄中で再審を求めたのに対し、検察は抵抗を続けた。大阪地裁の再審開始決定に対して即時抗告。大阪高裁が抗告棄却の決定を出すまでの3年半余り、青木さんらは余計に獄中に留め置かれることになった。抗告審で検察が行った燃焼実験でも、有罪判決で認定された事実は不可能だと証明されたため、さすがに特別抗告は行わなかったが、それでも再審で無罪論告はしなかった。雪冤には非協力を貫いたのだ。

 桜井さんは、青木さんや足利事件の菅家利和さんらと共に、近く「冤罪犠牲者の会(仮称)」を結成する。すでに36事件の当事者や家族、支援者が参加を表明し、冤罪をつくった者の責任を追及していくという。

「検察の抗告の問題も、会として取り上げていきたい」と桜井さん。

 検察の抗告権をどうするか。再審のあり方を考えるうえで、ぜひ論議すべき重要課題のひとつである。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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