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【終末期医療】物議醸す古市憲寿氏・落合陽一氏対談への反論…重大な4つの事実誤認

構成=片田直久/フリーライター
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 この対談が話題になったことで、終末期医療安楽死に今後どんな影響が表れてくるのか。安楽死・尊厳死を推進する動向に、両氏の発言は油を注いだといえるでしょう。言い方を変えると、安楽死・尊厳死を推進しようとする政財界人の代弁者に彼らはなってしまった。

 12年の3月と6月に2つの尊厳死法案が公表されました。これらは、国会にいつでも上程できるところまで来ている。上程されれば、現在の勢力からいって圧倒的多数で可決・成立するでしょう。

 法案公表の1カ月前に、自民党の石原伸晃幹事長(当時)が胃ろうを増設している患者が入院している施設を訪れて「エイリアンみたいだ」と述べた。また、法案公表後の13年1月には、第二次安倍晋三政権の麻生太郎副総理が社会保障制度改革国民会議で「いいかげんに死にたいと思っても『生きられますから』なんて生かされたんじゃかなわない。しかも、政府の金で(高額医療を)やってもらっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらわないと」と述べた。

 尊厳死法案が出てきた前後には、この2つに代表されるような政治家の発言が非常に目につきました。財界からも同種の発言はけっこう出ていた。それが、あるときからピタリとやみました。私の見方では、そのきっかけとなったのは16年7月の相模原障害者施設殺傷事件です。

事実上の安楽死政策はどんどん進んでいる

 植松聖被告は逮捕後も安楽死を絶賛したり、障害者を「税金の無駄」と言い切ったりしている。彼の発言内容は、それまで政財界の人々が繰り返してきた暴言とほとんど重なります。知的障害者19人を刺殺し、26人に重軽傷を負わせた事件のあと、その種の発言は政財界から一切出なくなった。おそらくは意識的に口をつぐんだのでしょう。あるいは、そうした発言があったとしても、メディアが出さないようにしているのではないか。

 そういうなかの昨年末、落合氏と古市氏による対談が『文學界』に掲載されたわけです。政財界の人々が口にするのをおそらくはばかるようになったことを、両氏はまさに代弁した。巨視的に見るなら、そういう構図になっています。

 先ほど一点言及したことに結びつけますが、古市氏は政治家や官僚は安楽死の話をしたがらない、と述べている。確かに「安楽死」という言葉は使いたがらない。しかし、事実上の安楽死政策はどんどん進んでいます。そのことを彼は全然わかっていない。

「安楽死」という言葉は「尊厳死」に置き換えられてきました。さらに「尊厳死」は「終末期医療」に置き換わっていった。最近では、その「終末期医療」という言葉さえ使われなくなり、厚生労働省の指示で「人生の最終段階における医療・ケア」という表現になっています。

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