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【終末期医療】物議醸す古市憲寿氏・落合陽一氏対談への反論…重大な4つの事実誤認

構成=片田直久/フリーライター
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 そもそも「終末期医療」という言葉は、終末期とされる状態の人々に施す医療を指します。これが通常の日本語感覚でしょう。ところが、近年の日本で使われている終末期医療という言葉は、「終末期医療をしないこと」を意味するものになっている。つまり、それは安楽死、具体的には消極的安楽死(治療をしなかったり中止したりすることで患者を死に至らしめること)を指しています。そうした最期を潔く迎えていくことこそが、終末期医療、「人生の最終段階における医療・ケア」にほかなりません。

 確かに表面上は安楽死や尊厳死という言葉が目立たなくなってきていますが、安楽死・尊厳死政策は事実上、日本の国策として推進されているわけです。古市氏と落合氏がこの現状にどこまで自覚的かわかりませんが、安楽死・尊厳死政策の完全な尖兵になっているといっていい。

消極的安楽死の外部決定が可能に

 しかも、現実には尊厳死法(安楽死法)を制定する必要はなくなっています。07年に厚労省がつくった「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」が18年3月に改訂されました。改訂後のガイドラインでは、大変に巧妙な言葉の使い方がされています。一言でいえば、消極的安楽死がいくらでも外部決定で行えるように変更が施された。

 それまで消極的安楽死の対象は終末期とされる人々であり、かつ自己決定権(自分の治療について、他者からの介入を受けずに自由に決定する権利)がベースになっていました。今回の改訂では、旧版にあった「患者」という言葉をすべて「本人」に変えている。終末期とは、もちろん傷病の終末期のことです。ところが、「本人」になったことで、認知症の高齢者をはじめ、その種の傷病者ではない人々がみんなそこに含み込まれてしまう。

 意識が不明で本人がどういう最期の意向を持っていたか家族が忖度、推定できない場合の規定も書き換えられました。旧版では「患者にとって最善の治療方針をとることを基本とする」だったのが、改訂版では「本人にとっての最善の方針をとることを基本とする」となった。「治療方針」が「方針」に変わっているのです。すなわち、従来は「治療すること」が前提であったのに、「治療」という言葉を取り払って、逆に消極的安楽死が前提になっている。しかも、「患者」を「本人」に変えることで「人生の最終段階」にある誰でも、家族を含めた周囲の者、つまりは医療施設・介護施設の職員、在宅での訪問看護師・介護士、これらの人々が消極的安楽死を代理決定できる仕組みに正式に変更したのです。

 このようなガイドラインの改訂によって、消極的安楽死の外部決定はいくらでもできるようになっています。それでも、決定した人や消極的安楽死を実行した医師が訴追される可能性はある。だから、そのために法律が必要かどうか、尊厳死法の制定はそうした限定された問題に変わっている。お二人の対談を含めた昨今の勢いで、今国会で法律まで持っていくかもしれません。
(構成=片田直久/フリーライター)

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