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“昭和最後”にして“平成最初”の1989年1月を考察する【第1回】

ジャニーズが東京ドームでカウコンを行わなかった“昭和最後”の正月三が日を徹底検証

文=ミゾロギ・ダイスケ
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Jリーグはスタート前、元日には天皇杯が開催されていた

 天皇陛下の健康状態悪化が深刻化していることが広く報道されるなか、元日に「第68回天皇杯全日本サッカー選手権大会」の決勝が行われている。

 全32チームによるトーナメント形式の本戦1回戦が前年12月から始まり、決勝に駒を進めたのは日産自動車とフジタ工業。優勝したのは日産だ。そう、この時代はまだ日本のサッカーはプロ化されていなかったのだ。

 プロサッカーリーグ「Jリーグ」のスタートは平成5(1993)年。日産自動車はその1年目から参加していた「横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)」、フジタ工業は2年目に加盟する「ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)」の、それぞれ前身である。

 この天皇杯には、日産以外にも、読売クラブ(ヴェルディ川崎→東京ヴェルディ1969→東京ヴェルディ)、住友金属(鹿島アントラーズ)、松下電器(ガンバ大阪)、三菱重工(浦和レッドダイヤモンズ)、全日空(横浜フリューゲルス=消滅)、古河電工(ジェフユナイテッド市原→ジェフユナイテッド市原・千葉)、トヨタ自動車(名古屋グランパスエイト)、マツダSC(サンフレッチェ広島)など、Jリーグのいわゆる“オリジナル10”の前身が9チーム出場。清水エスパルスのみチーム結成前だ。

 この時代から今に至るまでプロとして途切れず現役を続ける日本人選手は、現在は横浜FCに所属する三浦知良のみ。ただし、当時のカズはブラジルのキンゼ・デ・ジャウーに属しており、昭和最後の天皇杯のピッチには立っていない。

自粛ムードとは相反する“あの番組”が放送されていた

 
 前年からテレビは自粛モードで、バラエティ番組が抑えめの内容となり、他の番組に差し替えられることがあった。正月番組も全体的にマイルドな味付けになっていた。

 だが、正月のバラエティ番組がゼロになったわけではない。元日恒例の『新春かくし芸大会』(フジテレビ系)は放送されているし、なかには世の中の流れとは反したような番組もあった。というのも、のちにシリーズ化される『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)の第1回が、1月2日に放送されているのである。大衆は刺激的な娯楽に飢えていたのだろう。この過激な内容の番組は高視聴率を記録し、日テレは翌年の正月には、同番組を元日の『新春かくし芸大会』のウラにぶつけることになる。ちなみに、第1回の優勝者は林家ペーだった。

 この番組が放送されたことからもわかるように、メディアの自粛バランスは必ずしも一定でなかったことがわかる。

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