篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシック・オーケストラ、とても動きにくそうな「黒の燕尾服」を着て演奏する理由

燕尾服が黒いワケ

 燕尾服は、世界中で正式な礼服とされています。各国の大統領や元首を招いて開かれる宮中晩さん会でも着られる最高級の礼服です。日本は、明治5年に燕尾服を礼服と規定し、天皇陛下も着用していらっしゃいます。一般の方は結婚式の花婿の衣装として、一生に一度着るか着ないかというところかもしれませんが、実は、僕は何着も持っています。

 燕尾服は、男性のクラシック演奏家の代表的な仕事着で、オーケストラの男性楽員は燕尾服で演奏をするのが通常なのです。

 燕尾服は、裾が燕の尾のように長く、生地は燕のような黒色。ちなみに、漫談家の綾小路きみまろさんは、真っ赤な燕尾服を着ていますが、あれはエンターテインメントのための特別仕様で、本来は黒が基本です。これには理由があります。

 燕尾服が礼服として確立したのは、19世紀のイギリス。当時は産業革命の真っ盛りでしたが、煤煙規制もなく、ロンドン市民は毎日スモッグに悩んでいました。「霧のロンドン」という言葉がありますが、これは工場からモクモクと出てきた煙によるスモッグにより、ロンドンが霧のように霞んでいた時代のことで、現在は霧のロンドンではありません。

 そんな煤煙の中で白いジャケットなどを着て歩いていたら、あっという間に黒ずんでしまうので、当時は黒いジャケットが大流行しました。その影響で、燕尾服も黒くなったそうです。

 余談ですが、燕尾服にはエナメル靴を合わせて履かなくてはなりません。これにも実際的な理由があります。今でも欧米でのフォーマルなパーティでは、男女は優雅に踊るのが伝統となっていますが、そんなときに靴墨をべっとりと塗った靴を履いていたら、淑女のロングドレスの裾を汚してしまいます。そのため、靴墨を塗らないエナメル靴を履くのが決まりとなっているのです。

 僕が指揮者デビューし、燕尾服に初めて袖を通した時には、一人前の指揮者になったという気がしました。しかし、燕尾服は腕をブンブン振り回すのが仕事の指揮者のためにつくられた服ではないうえ、シャツ、ベスト、ジャケットと重ね着をするので動きにくそうに見えます。しかし、実際には淑女をエスコートしてダンスを踊ることもできる服なので、意外と指揮をするうえで不自由さを感じたことはありません。それどころか、今では燕尾服に袖を通すことで、本番に向けてのスイッチが入るようになってしまっています。もちろん、自動車の運転も平気ですし、オーケストラの男性楽員がヴァイオリンやフルート、トランペットの演奏をするのも、まったく問題ありません。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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