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片山修「ずだぶくろ経営論」

マツダ、“比類なきデザイン美”を生み出す、他社とはまったく異なる開発手法の全容

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「あくまでも、実際にモノをつくって評価をします。クレイで最終精度まできちっとつくり込んで、ジャッジをするんですよ」と、呉羽は強調する。

 私は、これまで数多くの自動車メーカーのデザインの現場を取材してきたが、クレイモデルをここまで重視する自動車メーカーをほかに知らない。とくに、近年は3Dデータを扱う専門のデジタルモデラーとデザイナーが、データを見ながらデザインを完成させてしまうことも多い。ある大手自動車メーカーは、普及車のデザインは画面上のデータで完結させていると聞く。投資対効果を優先するためである。

 ところが、マツダは違う。コンパクトカーからSUVまで、デザイナーとクレイモデラーの合作である。あえてアナログなクレイを重視するのは、なぜか。人の手を通してこそ、見えてくるものがあると考えるからだ。呉羽は、次のように説明する。

「最初に言葉すらなくて、感覚的なもので造形をつくってくれといわれる場合もあります。手本が何もないところからつくるわけですよ」

 日本文化は、言葉では表しきれない情感に満ちている。その抽象的な心象、独特の精神性をすくいあげ、かたちにしてみせられるかどうかは、モデラーの力量次第だ。

「例えば、『柔らかい』という言葉は、書体が違えば、受け取り方も異なります。書道家が体の動きで“タメ”や“ハネ”を表現し、書を表現するのと似たところがあるかもしれません」

 モデラーは「柔らかい」を表現するにあたって、「柔らかい」に対比するかたちをつくる。あえて対比するかたちをつくることで、最終的に「柔らかい」というのはこういうかたちであると答えを出していく。その意味で、マツダのモデラーは創造力を問われる。言葉や概念をかたちに表現する力といっていい。15年に発表されたロータリースポーツコンセプト「マツダ RX-VISION」は、まさに抽象的な概念からスタートした。

マツダ RX-VISION

「『RX-VISION』は、絵も何もなかった。前田から言われたのは、『ワオ!』といわれるクルマではなくて、見た瞬間にウッと息を止めてしまうようなクルマをつくりたいということでした。それを東京モーターショーのテーブルに置くのだと言われました」

 見た瞬間、息を止めてしまうようなクルマ。それは、日本文化の真髄ではないか。「沈黙は金」という言葉があるように、日本には言葉で語らない「空白」「余白」を美徳とする文化がある。実際、能をはじめとする日本の伝統芸能は、「沈黙」「静寂」の中に言葉で語られる以上の何かが込められている。

「息をのむ形状をつくるには、容積の中でどんな要素を持っていくべきか。それを計算し、バランスを考えながら、造形で表現していきました」

コンマ数ミリの精度

 
 クレイモデルは、マツダが独自に開発したクレイと呼ばれる工業用粘土でつくられる。常温で固まる特殊な粘土を専用ヒーターで温め、柔らかくしてから骨格に盛り付け、削ってかたちを整えていく。

「できあがったクレイは超絶に固く、石膏に近い。柔らかい粘土であれば、何回もつくり直せるけれど、そうなるとモデラーに妥協が出てしまう。一発でこういうかたちにすると『覚悟』を決めなければいけない。極度の緊張感の中でなければ、精密なモデルはつくれない」

 呉羽はこう語る。見せてもらったクレイは、木のように固い。固いからこそ、面の表情や緊張感、シャープさが出るというが、削るには力が要りそうだ。削りには、スクレーパーといわれる金属のヘラのような工具のほか、ノミやナイフなど、数十種類の道具を駆使する。

「粘土が固いため、普通のツールでは刃こぼれしてしまう。そこで、焼きを入れた道具で削っていきます。それから、クルマのラインは、あくまでも手で決めます。テープを貼ったり、包丁を使ったりして、ラインを決めていくんですね」

 クレイモデルは最初に4分の1縮尺でつくられる。それはデザイン面だけでなく、空力特性や使い勝手など、さまざまな要素を検討する材料になる。求められるのは、コンマ数ミリの精度だ。

「一般的なクレイモデルは、5ミリ以内のトレランス(誤差)でつくって、データできれいにしていくのですが、うちでは、髪の毛1本くらいまで精度を上げます。ですから、人の手がそのままかたちに残っていきます」

 さらに、1分の1のクレイモデルを0.3ミリから0.1ミリ以内の誤差でつくる。

「人の手でしかできない表現があります。例えば、光の連続性はデータではつくれない。かりにもデータ化しようとしたら、膨大な時間がかかってしまう」

 繰り返しになるが、前田はクルマに命を与えるという意味を込めて「魂動」という言葉を生み出した。野生を走りまわる動物のように、力強く美しい動きをクルマに表現したい。それは、デジタルデータではつくれない感性の世界というしかない。

 とはいえ、クルマを量産化するには、人の手でつくられたかたちを最終的にはデジタルデータに落とし込まなければいけない。クレイモデラーとデジタルモデラーの融合だ。マツダでは、デザインの初期段階から、デジタルをクレイに、クレイをデジタルにというやりとりが頻繁に行われ、クレイモデラーとデジタルモデラーは最終段階までクルマづくりにかかわる。両者は、それぞれの長所をすり合わせながら、目指す表現を追求していく。

「『魂動デザイン』には、日本の文化が表現されています。このクルマを世界に持っていったとき、世界に日本らしさが伝わらなければいけない。魂の動きを通して、メイド・イン・ジャパンのすごさを伝えていきたいんですね」
 
 呉羽はこう力を込める。

 15年発表の「RX-VISION」に遅れること2年、「凛」を表現したコンセプトモデル「マツダ VISION COUPE」が17年に発表になった。当初の計画より発表が2年遅れたのは、デザイン表現上、それだけ高度な技術が要求されたからである。「RX-VISION」は、ダイナミックな光の変化、「VISHION COUPE」は、より繊細な光の表現が求められた。

「クルマの側面に映り込む景色に連続性を持たせたり、ボディに当たる光に生命感を持たせたりするわけですが、それは簡単ではなかった」

 クレイモデラーとデジタルモデラーは1年にわたって、手でつくったクレイモデルをデジタルデータに置き換えて、リフレクションを検証し、再びクレイモデルをつくる作業を繰り返した。この間、前田はしばしば現場に赴き、クレイモデラーと議論を重ねた。「デザイントップとモデラーが直接、話をする例は、ほかにないと思いますよ」と呉羽は言う。

 一般的に、モデラーはデザイナーの指示通りにモデルをつくるのが仕事だ。ところが、マツダは違う。デザイナーとモデラーは、クルマのあるべき姿という共通の目標に向けて共に戦う。デザイナー同様、モデラーもまた、アーティストなのだ。

「前田からは、モデラーは全員、アーティストになれという大号令が発せられました」と、呉羽は語る。

 デジタルとクレイをいったりきたりした結果、ボディサイドの余白に光と影の移ろいが生まれた。「VISION COUPE」は、17年の東京モーターショーに出品され、翌18年にフランスのパリで開催された「第33回国際自動車フェスティバル」において「モスト・ビューティフル・コンセプト・カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。私は東京モーターショーの会場で「VISION COUPE」を見たが、そのスタイリングには圧倒された。流れるようなボディラインは、これまでに見たことのない美しさがあった。呉羽は、次のように語る。

マツダ VISION COUPE

「『VISION COUPE』は、凛としたたたずまいを表現しています。女性的ではあるけれども、力強さもある。日本人が大切にしている、わびさびの世界を表現し、暗いところにポツンと置いたときに、心に染み入るような造形を計算に入れています」

 まるで浮世絵の着流し美人のようだといったらいいだろうか。体に沿った和服のラインに、ほのかな色気が漂うかのようだ。

「海外からは、どうやってつくるのかという問い合わせがメールで毎日のように送られてきますが、もちろん、それを教えることはできません。この数年間、『魂動デザイン』を表現するために力を注ぎ、ようやくここまでたどりつきました。これからはもっともっと大変になっていくと思いますよ」

 マツダのモデラーが、「クリエーター」と呼ばれる理由がわかるというものだ。工業製品であるクルマをアートの域に持っていくにあたって、モデラーの果たす役割は極めて大きい。前田は、クリエーターのモデリング力のさらなる向上を目指し、とくに優秀なモデラーには「匠モデラー」の称号を与え、部長や幹部社員への昇進機会を提供している。そのような「匠モデラー」はマツダ社内に3人いる。

「これだけのものをつくるためには、社内を変えることも必要でした。いいものをつくるためには、がんばれよといってもらえる組織をつくることが大事だったんですね」と、呉羽は述懐する。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)

※後編へ続く

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