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江川紹子の「事件ウオッチ」第123回

江川紹子による考察…日産ゴーン氏・異例の保釈の背景と過熱取材による弊害

文=江川紹子/ジャーナリスト

議論されるべき日本の「人質司法」

 新たな弁護団は、特別背任罪が加わってケリー氏以上に保釈のハードルが高いゴーン氏について、住居の出入り口への監視カメラ設置やインターネットの接続禁止、パソコン使用は弁護士の事務所のみなど、通常の保釈申請とは異なる厳しい保釈条件を提案。これは、できるだけ早く保釈を実現して批判をかわしたい裁判所にとって、渡りに船だったのではないか。「異例の厳しさ」が用意されたので、早期保釈という異例の判断をした、というかたちを整えることができるからだ。

 弘中弁護士も、早期保釈が認められた理由について「知恵を絞って、逃亡だとかあるいは証拠隠し、証拠隠滅ということがあり得ないというシステムを具体的に考えて裁判所に提示したことが評価されたんだと思う」と述べている。

 ただ、ここで重要なのは、これをゴーン氏だけの特例にしないことだ。特例にすれば、裁判所は外圧に屈して金持ちの外国人を特別扱いしたことになり、司法の公正さは信頼を失う。そのような事態にならないためには、裁判所は今後、他の被告人の保釈についても、ゴーン氏のケースを前例にして、柔軟な対応をすべきだ。

 日本も、いい加減に「人質司法」から脱却する時期に来ている。現状は、裁判も開かれないうちに、本来は無罪が推定される被告人に対し、刑罰を先取りして実刑を課しているに等しい。早く解放されたいあまりに虚偽の自白を生みやすく、冤罪の温床にもなる。すべての証拠を押さえている検察に対し、ゼロから裁判の準備をしなければならない弁護人は、被告人が身柄を拘束されたままでは十分な打ち合わせもできず、フェアな戦いとはいえない。

 高野弁護士は、ゴーン氏弁護人に就任する以前から、「人質司法」解消策として、刑事訴訟法を改正し、「被告人に罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」という文言を勾留の要件から外し、保釈を拒否する事由からも削除するべき、との提言を行っている。

 その一方で、「これを安易な先例とすべきではない」「海外における資金の流れの全容解明は捜査の途上にあるとされ、ゴーン被告の保釈が今後の捜査や公判の維持に影響を与えることはないか、疑問が残る」(3月7日付産経新聞「主張」)などと、検察を代弁するような主張もある。本来、ゴーン氏の保釈は、このような身柄拘束と保釈のあり方について論議を深めるよい機会なのだが、メディアは、それよりゴーン氏が作業着姿に変装していたことに飛びついた。ワイドショーばかりか、NHKのニュースまで、作業着の出所を大きく報じる大騒ぎとなった。失敗に終わった変装劇は、メディアで笑いのネタにもされた。

 だが、変装劇の根本的な原因は、メディアの追跡とつきまといによって、ゴーン氏のプライバシーが侵害されることへの弁護人の危機感であったことを忘れてはならない。

メディアスクラムは「報道の自由」なのか

 実際、保釈後のメディア関係者の動きは、弁護人が恐れていた通りの展開となった。

 住居周辺で張り込み、ゴーン氏が出掛ける時には小型のビデオカメラを手に周囲を取り囲む。妻や娘と手をつないで散歩をする姿を撮影する。コンビニで水を購入した家族の姿も映し、娘の顔までさらす……。たまりかねたのだろう、ゴーン氏の妻が、報道陣の前でプライバシーを考慮するように訴えた。その場面まで平然と流すテレビ局の人権感覚は、いったいどうなっているのだろうか。

 たしかに、メディアの追跡をまくつもりなら、弁護団はもう少し周到な計画と準備をしたほうがよかった。たとえば、こんな事例がある。弘中弁護士がかつて担当した薬害エイズ事件の安部英医師(故人)も、すさまじいメディアスクラムにさらされた。そのため、裁判所で無罪判決を受けた後、攻撃的な取材から安部氏を守るため、弁護団は次のような工夫をした。安部氏が乗った車のすぐ後を、支援者が運転する車がぴったりつけて追い、しばらく走行した後に、地下駐車場に入る。支援車両は入り口でわざとエンストして、後続の報道車両を足止めさせる。その間に、安部氏は駐車場に用意してあった別の車に乗り換え、上空のヘリコプターによる追跡もかわす。

 この作戦は、「ロス疑惑」の三浦氏が発案したもので、三浦氏は支援車両の運転もしてくれた、と弘中弁護士は著書の中で述懐している。お陰で、安部氏はメディアの追跡をかわし、用意していたホテルに無事に入ることができた。

 このような事例に比べると、今回の変装劇はお粗末だった。しかし、メディアはそれを笑える立場なのだろうか。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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