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法社会学者・河合幹雄の「法“痴”国家ニッポン」第12回

野田市小4虐待死、「母もDV被害者ゆえに逮捕は不要」は誤り…法で裁かれるべき

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「人当たりがよかった」父親はDV加害者の典型

 まず、虐待を主導したとされる勇一郎容疑者の人格や行為について考えてみます。これまでに報道された情報をひとことでまとめると、彼に対する周囲の評判はすこぶるよい。「仕事熱心で常に笑顔を絶やさず、誰にでも敬語を使う」「非常に温厚で穏やかでコミュニケーション能力があり、職場の皆から慕われ頼られていた」「丁寧でしっかりした人で、虐待とは真逆のイメージ」など、家庭内での娘や妻に対する暴虐ぶりが信じられない、というほどの好印象を周囲に与えています。

 しかしながら、こうしたパーソナリティは、犯罪学においてしばしば指摘されるように、DVの加害者にはむしろ非常によく見られる類型のひとつです。人当たりがよく、社会的信用もあるが、外でおとなしくしている分だけ、家庭ではいばり散らす。勇一郎容疑者はまさにそういうDV加害者の典型であるといえます。

 加えて、これもよくいわれることですが、DV加害者は、幼少期に自分もしくは家族が虐待を受けているケースが多く、勇一郎容疑者もまたそうである可能性が高い。警察の取り調べに対し、彼は心愛さんへの虐待について、「しつけのつもりで、悪いことをしたとは思っていない」と供述していますが、おそらくそれは罪の意識を軽くするため意識的に強弁したのではなく、彼なりに本心から語った言葉ではないかと私は思う。彼自身が被虐待経験者なら、そのように暴力を容認する歪んだ価値観が幼少期に形成されていても不思議はないからです。逆に、被虐待経験者でなければ、実子に対してあれほど凄惨な虐待を加えるというのは、なかなかできないことだともいえます。

「母親はDV被害者だから逮捕は不要」は暴論

 一方、なぎさ容疑者の行為については、どんなことがいえるでしょうか。心愛さんへの暴行には直接関与こそしなかったものの、虐待を黙認したことについて彼女は、「娘を守るべきだったが、娘が夫から暴行を受ければ自分は暴行されないで済むと思った」と供述しています。また実際、彼女は勇一郎容疑者から、殴られる、暴言を吐かれる、携帯電話の履歴をチェックされるなど、日常的にDVを受けており、その事実は沖縄県糸満市に住んでいた際、行政の把握するところとなっている。そうしたことからメディアやネットなどでは、先に触れた通り、「彼女もまた心愛さんと同じDV被害者であり、なればこそ逮捕されるべきではない」という主張が一定の支持を得ています。

 しかし、法治国家の根幹をなす刑法とその運用の実際という視点から見れば、やはりその考え方は誤りであるといわなければならない。というのも、彼女が被害者の側面を持つからといって、虐待をほう助したという、加害者としての彼女の行為そのものが消えてなくなるわけではないからです。

 もちろん、もしその加害行為が夫に強要されたものであるといった事実が認められるならば、検察官が訴追を判断する際に起訴猶予にするとか、裁判官が公判において情状を酌量して量刑を軽くするとかといったかたちで、刑法のシステムにのっとって考慮されることは十分にあり得ます。

 しかし、というよりだからこそ、逮捕・起訴して裁判にかけるという刑法のシステムの俎上に載せる必要があるわけで、彼女は被害者なのだから罪はない、よってそもそも逮捕すること自体おかしい、不要である、ということにはならないのです。

 それに、すでに千葉地検はなぎさ容疑者を傷害ほう助罪で起訴しましたが、やはり彼女には心愛さんを死に追いやった責任の一端はあると私も思う。もちろん、DVによって夫から精神的・肉体的に強い束縛を受けていた彼女が、その意に反した行動を取ることがきわめて困難だったのはわかります。そうした行動が夫に知られれば自分の命すら危ない、という恐怖もあったでしょう。それでもやはり、勇一郎容疑者は仕事で家を空ける時間帯があったわけですから、その間に心愛さんに食事を与えたり、誰かに助けを求めたりすることが絶対に不可能だった……とまではいえない。そういう意味において、彼女のやり方次第で助けられたケースであったということを、今後行われる裁判などを通し、誰よりも彼女自身に理解してもらいたいと思います。

野田市小4虐待死、「母もDV被害者ゆえに逮捕は不要」は誤り…法で裁かれるべきのページです。ビジネスジャーナルは、連載、児童虐待教育委員会野田市の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!

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