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榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

安倍政権、親のしつけ名目での体罰禁止を閣議決定…虐待と愛情ある体罰の混同に呆れる

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 衝動コントロール力の低下と並んで、もうひとつ指摘しなければならないのは、ちょっとしたことで傷ついてしまう子どもや若者が増えていることである。ほめられるばかりで叱られることがなく、常にポジティブな気分でいられるように大人たちが配慮することにより、ネガティブな状況に非常に弱くなっている。このことは、企業などでも若手を厳しく指導できなくなっていることから明らかだろう。

 可哀想なのは、ちょっとしたことですぐに傷ついてしまう子どもや若者だ。

トラウマを生むのは「虐待」であり「叱責」ではない

 
 がんばっても力及ばず、報われないこともある。自分なりに成果を出しても、もっと優秀なライバルがいれば、思うような評価が得られない。思いがけない不運に見舞われることもある。人生というのは、思い通りにならないことの連続といってよい。

 そんな人生を前向きに、力強く歩んでいくためには、ネガティブな状況にもめげずにがんばり続けられる心の強さ、いわゆるレジリエンスが必要である。レジリエンスとは、復元力と訳されるが、嫌なことや思い通りにならないことがあって一時的にへこんでも、すぐに立ち直ることができる力を指す。

 子ども時代にレジリエンスを鍛える必要があるが、そのためには、なかなか思うようにならない状況のなか、もがき苦しみながらなんとか乗り越えていく経験が必要となる。そのようながんばる力は、大人が壁になることで鍛えられるものである。

 だが、今は教師が厳しく指導することはできないため、その役割を担うことができるのは親しかいない。

 たとえ頑固で融通の利かない親であっても、そんな親とのぶつかり合いを通して、子どもの思考も深まり、レジリエンスも鍛えられていく。言うことを聞かない子どもに対して、お尻を叩いたり、ときに勢い余って手をあげたりするようなことがあっても、親が愛情をもって子どもと向き合っていれば、それが子どもにとってトラウマになることはない。

 ここで強調したいのは、親が子に愛情を向けており、日頃から親子の間に心のふれあいがあれば、厳しく叱っても、ときに感情的になりすぎて叱り方が少々不適切なものになっても、子どもはトラウマなどという深刻な心の傷を負うことはないということだ。

 虐待のような極端な事例において生じるトラウマを、ごく普通の親子関係において叱る場面にまで当てはめようとするところに問題があったのである。そのせいで、必要な叱責さえも世の親たちがためらうようになったため、子どもたちの社会化がうまくいかなくなり、また心も鍛えられず傷つきやすくなってしまった。

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