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伊藤忠によるデサントの敵対的TOB成立…バブル崩壊と株の持ち合い崩れによる歴史的必然

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高度経済成長は、日本企業に急激な巨大化をもたらした(中央は、1958(昭和33)年竣工の東京タワー/写真は「Getty Images」より)

TOBしようにも、企業にカネがなかった高度経済成長期

 終戦直後、いわゆる戦後成金たちが上場企業の買収に成功したこともあったが、それらは比較的小規模の会社だった。

 そして1950年代半ばから日本が高度経済成長期に突入すると、企業はおそろしく巨大化した。たとえば、松下電器産業(現・パナソニック)の資本金は1950年に93万株だったものが、1960年には2億株。つまり10年間で215倍に膨れ上がった。

 創業者の松下幸之助は日本一の大金持ちといわれ、莫大な配当金をすべて増資につぎ込んだが、それでも会社の巨大化には追いつけず、彼の所有株式は45%から5%強まで激減してしまう。松下幸之助でも5%の株式しか持てないのだから、個人株主が買収するなんて、所詮ムリな話だったのである。

 では、大企業だったら買収できるかといえば、それも難しい。

 当時、高度経済成長がもたらした急成長に増資が追いつかず、企業はもっぱら銀行からカネを借りていた。都市銀行(現・メガバンク)はいうに及ばず、地方銀行なんかからも総動員して、借りて借りて借りまくっていた。

 だから当然、他社を買収しようと思えば、銀行に軍資金を借りにいかねばならない。たとえば、A社がB社を買収しようと考えて、C銀行に金を借りに行く。C銀行はA社にも金を貸しているが、B社にも貸していることが多い。なぜなら、そもそもどこの企業も、いろんな銀行相手に借金漬けの生活を送っているからだ。銀行からすれば当然、「買収するためのカネなんか貸せませんよ」ということになるわけである。

TOBしようにも、市場に株が出回っていない

 そして、株式を買い占めようにも、そもそも株式市場に株式が出回っていなかったという事情もある。

1960年代中盤、日本はOECD(経済協力開発機構)に加盟して自由貿易主義国への仲間入りを果たした。そうなると、「資本の自由化」というわけで、それまで制限されていた外資系企業による日本企業の株式取得が容易になった。

日本企業は個人が買い占めるできる規模ではなくなった、そして買収するにも銀行が融資してくれない……というのは、あくまで日本でのお話。相手が外資系企業となれば、話は別である。

 外資系企業による買収を恐れた日本企業は、そこで防衛策として、「株式持ち合い」を実施した。親密な企業に株式を持ってもらって、市場で売買できる株式を圧倒的に少なくする作戦に出たのだ。外資系企業が株を買おうにも市場に出回っていない。株主(=株を持っている企業)を説得して株を譲ってもらおうにも、株を持ち合っている企業同士の関係を重視して応じてもらえない。

 ところが、1990年代にバブル経済が崩壊、株の「持ち合い崩れ」が起こると、俄然、企業買収する素地が整ってくるのである。

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