ポスト五輪の東京~2020年以降も勝つまち、負けるまち~一極集中を裏で支える東京の本当の実力

東京23区の活力を生む“住宅事情”の秘密…足立区千住が人気を集める意外な理由とは

北千住駅東口(「Wikipedia」より/Miyusuke)

 古い話で恐縮だが、およそ50年前、筆者は大学で都市計画を学んだ。当時の都市計画の主要な柱のひとつに「用途純化」という考えがあった。

 住宅地には、住宅以外の業務や商業や工業系の建物が混在してはならない。住宅地のなかでも、一戸建て住宅地にはマンションなどの集合住宅が混在すべきではない。さらに、一戸建て地区であっても庭つきの建物が並ぶ良好な住宅地には、狭い敷地いっぱいに家を建てるような貧乏人の住宅が混ざるのはよろしくない。

 言うまでもなく、これはアメリカ直輸入の考えだ。アジアの都市は曲がりくねった道路に蜘蛛の巣のような路地が張り巡らされ、住宅や事務所や商店や作業場など、なんでもありが軒を連ねる。まさに「アジアンカオス」。だからアジアは遅れている。筆者はマジでそう教わった。

日本の都市計画は50年間進化していない?

 少なくとも法制度の面において、用途純化の考えは今も我が国の都市計画の基本であり続けている。

 たとえば、団地は用途純化の典型だ。よそ者にはおいそれと見分けがつかない画一化された建物が並び、住む人たちの年齢も家族構成も、さらに言えば職業や所得水準にも大きな差がない。その団地で今、居住者の超高齢化が進む「団地問題」が深刻化している。用途純化の発想が時の流れを経て生み出した弊害の好例といっていいだろう。

 筆者の大学生時代に戻ると、都心は業務や商業に特化すべき場所であり、人が住むには適さない場所だと教わった。これもまた、用途純化の考えに基づいている。だが今、都心居住は世の大きなトレンドだ。六本木ヒルズにも東京ミッドタウンにも赤坂サカスにも、マンションが併設されている。

 渋谷のまちづくりの実務担当者と話をしたとき、「再開発ビルになぜ住宅を併設しないのか」という筆者の問いかけに「適切なゾーニング(純化すべき用途の区分け)の設定に基づいており、住機能を主体にしているエリアもある」という答えが返ってきた。

 あるいは先日、実態上明らかに住宅地である場所に郊外立地が適している建物の建設が計画され、住民が問題視しているという場面に遭遇した。行政の回答は「用途地域の指定に照らして、ここは良好な住環境を保持すべき場所ではない」という、つれないもの。

 どちらの話も、法制度の主旨に照らすと間違ってはいない。と同時に、都市計画は50年間進化していないのかと、ため息も出てしまう。

持家と借家の割合から見える「まちの活力」

 お年寄りばかりが目立つまちより、子育て世代の若いファミリー層が集まるまちのほうが活力があるに決まっている。ただし、そこには「今は」という注釈がつく。30年、40年たてば、若い人も年老いていく。高齢化に悩む団地だって、かつて居住者はみんな若かった。その意味では、タワーマンションも団地と似たり寄ったりだろう。

 本当に活力があるまちとは、年齢も所得も、あるいは生活価値観もさまざまに異なる人々が混在し、そのニーズにこたえる多様な機能やサービスが充足され、かつ、それらが互いに刺激し合いながら時代に応じた新たな価値をつくり続けていくことができるまちのことだ。

 まちがどれだけ多様性を取り込める懐の深さを持ち合わせているか。そのもっとも単純明快な判断基準は住宅の構成にある。アメリカのように持家の転売市場が成熟していない我が国では、持家取得は「定住の弊害」につながり、団地問題化の危惧と隣り合わせになってしまう。そこに「新たな血」を導入しようとするとき、借家の存在が受け皿となることはいうまでもない。

 図表1は、2015年の「国勢調査」による住宅の所有関係別構成を示している。全国平均では持家が6割を超えるが、東京23区は借家のほうが多い。大都市圏は借家が多いと考えるのは間違いで、東京都多摩地域と埼玉、千葉、神奈川の3県を合わせた首都圏近郊部は全国平均とまったく差がない。23区だけが突出して借家が多いのだ。

 では、借家が多ければ多いほどいいのかというと、そうではない。数年たつと住民の顔ぶれが総入れ替えになってしまうようなまちは、やはりいびつで特殊なまちだ。要は両者のバランス。着目点はここにある。

持家と借家の絶妙なバランスが東京の実力の原点

 住宅にはいろいろなタイプがあるが、主なものは一戸建て持家、分譲マンション、賃貸マンション、賃貸アパートの4つ。全国平均でも23区でも、これら4タイプで86~87%を占める。前2タイプを持家系、後2タイプを借家系とし、少ないほうを多いほうで割ると住宅のバランスを表す指標が得られる。この数値が1に近い(つまり大きい)ほど、バランスが取れていることになる。

 全国平均は0.41、首都圏近郊部は0.43。これに対して23区は0.96。持家と借家が見事に混在している。それだけではない。図表2を見ればわかるように、23区のうち17の区で0.75以上の高いバランスが保持されている。

 残る6区もすべて全国平均や首都圏近郊部の平均よりも高いのだが、中野、豊島、新宿の各区は独身・ひとり暮らしの若者が多く、やはりいびつさを否定することができない。一方、江東、足立、葛飾の3区は、都営住宅や都市再生機構(UR)の賃貸など公的な賃貸住宅が多いことが数値を下げる要因となっている。ちなみに、総持家と総借家の比較では、江東区と足立区は0.99、葛飾区も0.84に跳ね上がる。

 絶妙ともいえる持家と借家のバランス。ここにこそ、東京の活力を底支えする原点がある。

「普通のまち」足立区千住が人気を集める理由

 さまざまな要素が混在し、持続的な活力を持つまち。筆者は、それを「モザイクタウン」と呼んでいる。モザイクを構成するパーツは、大きさも形も色もさまざまだ。しかし、それらが組み合わさったとき、ひとつの大きな世界が生み出される。モザイクタウンとは、そんなまちのことを指す。

 東京の中で代表的なモザイクタウンの例をひとつ挙げろと問われれば、迷うことなく北千住駅を中心とした足立区の千住地区だと答える。5つの大学が集まる学生のまち。京成電鉄千住大橋駅前の再開発をはじめ、30代を中心とした若いファミリー層が急増するまち。彼らのニーズにこたえるように、小洒落たレストランやバル、ファッション系のショップなども増えている。同時に、煮込み、焼鳥をはじめとする東京下町B級グルメのメッカであることに揺らぎはない。商店街もまだまだ元気だ。さすがに数は減りつつあるが、東京有数の銭湯のまちでもある。

 足立区は23区の中で北区に次いで高齢化率が高い。北区の高齢化は近年抑制気味の傾向にあるが、足立区は増加の一方。近い将来、23区でもっとも高齢化が進んだまちという汚名も現実化しつつある。10年ほど前まで、千住も同じ課題に苦しんでいた。その千住が近年見違えるように姿を変え、今ではメディア注目のまちへと化した。

 千住人気の背景のひとつに、世田谷区や杉並区などと比べ、都心への交通利便性が圧倒的に優れる地の利があることは否定できない。しかし、地の利だけなら、東京の下町や東部には千住と同じようなメリットを持つまちがたくさんある。そのなかでことさら千住が注目されるのは、やはりモザイクタウンとしての魅力の「再発見」があるからだろう。

 千住の本質を、『足立区のコト。』(彩流社)の著者である舟橋左斗子さんは、「千住は普通のまち」の一言で語り尽くした。なるほど、かつてまちはモザイク化しているのが普通だった。

 いずれ機会があれば詳しく紹介したいと思うが、東京一極集中が収まらないのは、地方から東京に転入してくる人が増えているのではなく、東京に出てきた人が故郷に帰らなくなったからだというデータがある。普通のまちで普通に暮らしたい。そんなささやかな望みが叶えられるのは、もはや東京しかなくなったのだろうか。もしそうだとしたら、東京一極集中をめぐる議論は根本から考え直す必要があることになる。
(文=池田利道/東京23区研究所所長)

池田利道/東京23区研究所所長

東京大学都市工学科大学院修士修了。(財)東京都政調査会で東京の都市計画に携わった後、㈱マイカル総合研究所主席研究員として商業主導型まちづくりの企画・事業化に従事。その後、まちづくりコンサルタント会社の主宰を経て現職。
一般社団法人 東京23区研究所

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