
春真っ盛りになりました。今まさに桜の花も満開を迎えており、今週末は花見に出かける方々も多いのではないでしょうか。しかしながら、緯度の高いヨーロッパではまだ冬の終わりです。そんな長い冬も、イースター(復活祭/今年は4月21日)を過ぎてから、ようやく春めいてきます。ちなみに、僕が指揮の勉強のために留学していたオーストリアのカトリック教会では、3月の初めごろから、聖画像(仏教でいうところのご本尊のようなもの)が、黒い幕で覆い隠されているのですが、イースターの礼拝の際にはその幕が外されます。つまりは、イエス・キリストの復活をイメージさせてくれるのです。当日の教会内は美しい花で埋め尽くされ、春の訪れを喜ぶ日となります。
ヨーロッパの冬は、どんよりと曇っている日が多く、しかも長いので、人々の春を心待ちにする気持ちがとても強いです。そこで5月ともなれば、急に太陽が明るくなり、今まで土の下で冬の寒さを耐えていた草花が、一斉に咲き乱れます。たった、1週間で、自然も人々の気持ちもまったく変わるような爆発的な春の訪れとなります。
ドイツを代表する作曲家のひとりであるシューマンの歌曲『美しい五月には』の題名通り、ヨーロッパの春は5月に来るのです。
ちなみに、シューマンは春が大好きだったようで、最初に作曲した交響曲第一番に『春』というタイトルをつけているくらいです。曲は「春の訪れ」を知らせる金管楽器のファンファーレで始まり、その後、春が爆発的に訪れるように感じさせてくれる音楽で、名曲中の名曲です。しかしながら、指揮者にとっては、特に初めてのオーケストラとの仕事では、注意しなくてはならない交響曲でもあるのです。
指揮者は、オーケストラが自分を気に入ってくれて、また呼んでもらえるかどうかは、死活問題となります。オーケストラから見れば、「この指揮者とは、気持ち良く仕事ができるだろうか?」というのは、ひとつの重要な点です。
僕がデビューしたての頃に、世界的にも有名なあるオーケストラを指揮したことがあります。その時に選んだ作品が、シューマンの交響曲第一番『春』でした。素晴らしい名曲ですので、意気揚々とリハーサルに向かったのですが、オーケストラ事務局の話では、やりたがらない指揮者が多いそうで、ちょっと意外に思いながら指揮台に上がりました。
リハーサルのあと演奏会を2回指揮したのですが、楽員、特に弦楽器演奏者は浮かない顔をしています。その後の英国マネージャーからの報告では、「残念ながら、あまり評価が残らなかったね」とのことでした。その話を英国マネージメント会社の社長に話してみると、「初めてのオーケストラでシューマンか……。それは難しいよ。どうして君の担当マネージャーは止めなかったのだろうか」との答えです。あとになって、シューマンの曲は弦楽器が苦労するということがわかったのですが、時すでに遅しでした。
シューマンは、ピアノ曲を作曲する大天才なのですが、オーケストラ曲を作曲する技法はいまひとつだといわれています。僕は、彼のオーケストラ曲も大好きなのですが、なにせ弦楽器に“刻み”が多いのです。刻みというのは、何度も弓を動かして音を細かく演奏する技法です。シューマンの交響曲第1番『春』を例にとると、1秒間に約8~9回も弓を動かす音符が多くの個所で連続しています。第1楽章は12分くらいかかるので、1回通しただけでも、もう腕はくたくたになってしまっているにもかかわらず、指揮者は何度も同じ場所に戻ってリハーサルします。最終楽章に至っては、それ以上に弓を動かしながら、しかも大きな音も出さなくてはならないし、楽譜に「アッチェレランド(どんどん速く)」と書かれているので、指揮者はテンポを上げるのですが、弦楽器奏者にとってはとんでもない話で、「あの若い指揮者のやろう」と怒りが込み上げるわけです。