ポスト五輪の東京~2020年以降も勝つまち、負けるまち~一極集中を裏で支える東京の本当の実力

脱「若者の街」化する渋谷がハロウィンの若者で大騒ぎになる歴史的理由

2018年10月31日、ハロウィンで賑わう渋谷の様子(写真:アフロ)

 2018年10月31日。ハロウィンの夜、思い思いの仮装を凝らした若者たちで渋谷のまちは騒然となった。直近の週末にあたる27~28日には、軽トラックを横転させる狼藉者も出たという。

 渋谷に集まった若者たちの大部分は「ちょっとはしゃいでみたい」というだけだったのだろう。問題は、度が過ぎたところから生まれた。では、なぜ若者たちは度を越してしまったのか。新聞やテレビでの識者の見解は、おおむね次のようなものだ。

 仮装による匿名性が過激な行動を助長させた。集団心理が働き、自制力が鈍くなった。今の社会には若者のストレスを発散させる場所がなく、そうした不満の鬱積が露呈した。

 当たっているかいないか以前に、「なぜ渋谷か」の答えがない。六本木でも新宿でもない渋谷のまちが度を越すほどの若者を引きつけたのは、なぜなのか。

 すり鉢地形の渋谷は人が集まりやすいからだという説がある。なるほど一理あるが、それだけであれほどのエネルギーを説明するのは無理だろう。

渋谷は本当に「若者のまち」なのか?

 渋谷に若者が集まるのは、そこが若者のまちであるからという説も、わかったようでよくわからない。

「若者のまち渋谷」の実力を示すデータのひとつに、専門学校の一大集積地であることを挙げることができる。図表に示したように、かつて渋谷区は専門学校生の数が23区で一番多かった。しかし、10年に新宿区に、15年には豊島区にも抜かれ、今では23区の3番手にまで順位を下げている。


 渋谷に事務所を構える筆者の観測によると、ハロウィンの夜、若者が渋谷に集まり出したのは08~10年頃。15年頃から急増というところだろうか。だとすると、渋谷が若者のまちという実態を失っていく過程と、ハロウィンの夜に若者が集まるという事態との間には、奇妙な逆向き関係があることになる。偶然か、なんらかの必然か。少なくとも、「渋谷=若者のまち」説で単純にことは片づきそうもない。

すべての祭りは「好きに踊れ」から始まった

 渋谷が混乱をきたしていた10月27~28日、池袋では5回目となる「池袋ハロウィンコスプレフェス」が粛々と開催されていた。小池百合子都知事はこのイベントの常連で、今回は『銀河鉄道999』のメーテル姿で登場されたらしい。

 池袋のハロウィンイベントは、共催に豊島区、豊島区商店街連合会、豊島区観光協会、サンシャインシティが、後援には東京商工会議所豊島支部が名を連ねる。「官製イベント」とは言わないまでも、豊島区をクールカルチャーのまちとして売り出したいという意図が透けて見えるようだ。

 池袋ほどメジャーではないが、同じようなハロウィンコスプレイベントは東京中のあちこちで開催されている。「クールカルチャーに乗り遅れるな」は時代のキーワードのひとつなのかもしれない。

 時計の針を2カ月ほど戻すと、四国の徳島で「阿波踊り」がもめていた。観客席チケットの販売に端を発する祭りの運営をめぐって、市と踊り手たちの考えが角を突き合わせる事態に陥ってしまったらしい。

 阿波踊りの起源には諸説あるらしいが、蜂須賀のお殿様が領民たちに「好きに踊れ」と言ったことを始まりとする説が有力のようだ。祭りは、そこに集まる人たちが好き勝手に楽しむことを大前提として生まれてきた。その意味では、若者たちが自由に集まる渋谷のハロウィンには「祭りの原点」があると言っていい。

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