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内田裕也がメリー喜多川氏に紹介された飯島三智氏の行動に度肝を抜かれたエピソード

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内田裕也著『ありがとうございます』(2014年、幻冬舎アウトロー文庫)

 3月17日、肺炎のため内田裕也が死去した(享年79)。4月3日にはお別れの会「内田裕也 Rock’n Roll葬」が東京・青山葬儀所で営まれ、約1700人もの関係者、ファンが参列したという。この葬儀は、委員長を田辺エージェンシーの田邊昭知社長、副葬儀委員長をイザワオフィス井澤健社長、ケイダッシュ川村龍夫会長、世話人をバーニングプロダクション周防郁雄社長と、芸能界の重鎮たちが務めた。

 口を開けば「ロケンロー」「シェキナベイベー」。その割には思い浮かぶヒット曲がなく、音楽活動をしていた時代の内田をリアルタイムで知らない人にとっては、「風変わりなおじいさん」としか見えないだろう。1991年には東京都知事選に立候補して政見放送で歌ってみせたり、2011年の東日本大震災では「石巻は英語にするとロックンロール」という理由で宮城県石巻市にバナナとみかんを690(=ロック)個ずつ配布したりと、音楽以外の伝説は枚挙にいとまがない。

 故人を偲び、横尾忠則は「もともとこの世というより、最初からあの世から来たような人」、シーナ&ザ・ロケッツの鮎川誠は「日本で第1号のロックンローラー。裕也さんこそがロックヒストリー」、堺正章は「私たち後輩にとって、あなたは良き手本でもあり悪しき手本でもあった。悪しき中に魅力がたくさんつまっていた」と語った。

 内田裕也のどこに、そうした魅力があったのか。そもそも内田裕也とは、いったいどういう人物だったのだろうか。

“芸能界のドン”が写真付きで登場

 その素顔に迫る内田の著書が、『ありがとうございます』(2014年/幻冬舎アウトロー文庫)である。出版した幻冬舎社長・見城徹は3月18日、次のようにツイート。

原宿警察署に逮捕された内田裕也さんから借金申し込みの手紙が来たことがある。僕はそれを無視した。後で樹木希林さんから「金を貸さなかったあんたは偉い」と褒められた」「内田裕也さんに頼まれて2014年12月に内田裕也著[ありがとうございます]を出版した。スポニチの連載をまとめたものだ。どこで会っても愛情を込めて(?)絡まれるので、なるべく会わないように仕事をした。案の定、売れなかった。裕也さんが喜んでくれればそれで良かった。その本の重版をさっき決めた。

 本書は、内田がこれまでに会った各界の偉人たちとの交流を述懐するという内容なのだが、まあとにかく登場する人々がすごい。ジョン・レノンとオノ・ヨーコ、ミック・ジャガー、松田優作、矢沢永吉、勝新太郎といったスターはもちろん、冒頭で述べた田邊昭知、川村龍夫、周防郁雄のほか、長良じゅん(長良グループ元会長)、ジャニー喜多川とメリー喜多川(ジャニーズ事務所社長と副社長)といった、現代の芸能界を裏で作り上げてきた泣く子も黙る重鎮たちについても、サラリと語られている。長良、川村、周防らについては写真まで掲載されており、周防の写真には「Special Thanks to Mr.SUHO 筆者も舌を巻く行動力」との説明文が付されている。

こちらも名著。近田春夫がインタビューした『内田裕也 俺は最低な奴さ』(2009年、白夜書房)

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