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片山修「ずだぶくろ経営論」

マツダ、世界がひれ伏すデザイン美を支える、世界最強の「金型製作部」

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 金型仕上げ職場は、磨き作業のあるべき姿を探るため、品質工学を用いて磨き作業を機能分解した。あるべき姿を「最小の砥石使用重量で、加工後のカスプのみをすべて除去する状態」と定め、そこから基本機能を設定した。4つのポイントを作業手順に落とし込むことで、若手でもベテラン同様の磨きができるようになった。

「ここだけは絶対に外してはいけないポイントいうのが、磨きの領域にはある。だから、磨きを鍛えるために技能の底上げをやっとる」

 金型部門は現在、「ツーリングビジョン2025」に取り組んでいる。高度で複雑な「魂動デザイン」を効率よく量産するための取り組みである。

マス・クラフトマンシップ


 マツダのクルマは、人間中心の開発哲学から生まれる。だから、クルマづくりにおいて、心地よいと感じる人の感覚や研ぎ澄まされた感性をつくり上げる職人技、すなわちクラフトマンシップを大事にしている。その職人技を、いかに量産車に反映させるか。金型の現場が大切にしているのが、クラフトマンシップとマスプロダクションのいいとこ取りを実現する「マス・クラフトマンシップ」だ。

「デザインさん、モデラーさんの職人技を量産につなげるには、手仕事に加えて、効率性も重要になってくる。効率を考えるうえで欠かせないのは、職人技の『技能』を『技術』に進化させることだ」
 
 一例は、プレス金型だ。金型の設計には、コンピュータ・シミュレーションが不可欠だが、限界もある。その限界を数値と経験による勘で見極めながら、理想の金型の形状を探っていくのだ。金型づくりには、鉄との“対話”が欠かせない。鉄には曲げると戻る性質がある。それを無視して、寸法通りの金型でプレスしても、鋼板は狙い通りの形状にはならない。

 したがって、鉄の性質を踏まえて匠の経験を織り込んだ“見込み値”を設定し、金型をつくる。クラフトマンシップとマスプロダクションのいいとこ取りだ。手作業による匠の技と科学的な手法との融合といえる。

「デジタル化するには、プロセスのなかでなぜそういうことが起きるのかをわかっていなければいけない。そうでないと、ウソのモデルベースになる。大切なのは、数値だけでなく、モノの本質。シミュレーションだけではダメ。だから、最後は人の手もいる。われわれは、両方を目指している。一番のポイントは、モノのからくりの解明にある」

 日本の金型産業は、優れた技術者、技能者の取り組みに支えられてきたことは確かだ。だからこそ、日本の金型は長年にわたって世界一の座を維持し、日本の製造業の発展に重要な役割を果たしてきた。橋本は、次のように自負を述べる。

「金型というのは、転写技術なんです。だから、転写される側の精度は、どこまでも追求すべきだと私は思っとる。プラスチックだろうが、鉄だろうが、樹脂だろうが、何がきてもいいように、金型をきっちりつくり上げて、絶対に再現できるようにしなければいかん」

 ところが、2000年以降、日本の金型産業は厳しい局面を迎えている。

「金型は日本の得意中の得意ではあるけれど、リーマン・ショック後の円高で半分つぶれたからね」

 2008年9月のリーマン・ショックの影響を受け、金型の生産量は激減した。かつて40%を超えていた日本の金型の世界シェアは、現在、20%を切っている。そして、型種によっては中国と韓国に抜かれているのだ。橋本は、わが国の金型業界について、こう語る。

「リーマン・ショック後、中国、韓国があちら値段で台頭してきた。しかも、彼らはお金をもっているから、新しい設備もどんどん入れてくる。でも、お金にかまけて機械で勝負しようとしても、そこから先はムリ。しかも、中国や韓国では、人が定着しない。だから、日本から人を呼んでくる。だけど、それではノウハウの伝承はできない。リーマン・ショック後、日本の金型の生産能力自体は落ちた。しかし、生き残った会社は確かな技能と技術を持っている」

 当然、マツダも日本の金型産業が抱える苦悩と無関係ではいられない。マツダの金型製作が強みを発揮し続けるには、サプライヤーにも力をつけてもらわなければならないからだ。マツダは今後も、金型製作を自社で抱えていく方針に変わりはない。課題はどこにあるのか。

「金型の内製化率はもっと上げていく。よいものをつくるのは変わらないが、つくる量は倍にする必要がある。効率化は絶対に避けては通れない」

 日本の金型産業が競争力を維持するには、ネットワークやCAD/CAM/CAEなどのIT活用による、生産システムのさらなる合理化、技能、技術の伝承に向けた仕組みづくりなどが課題になる。

「ドイツは、機械を5年ごとに更新する。それができるのは、産官学で金型をつくっているから。金型を専門に学べる大学もあり、マイスター制度も整っている。それに比べて、日本は民間企業にまかせっきりで、投資にも限界がある。初期費用をどれだけ削るかに汲々としている」

 加えて、求められるのはクルマの開発期間の短縮を受けた、金型製作のスピードアップだ。

「おまけに、試作型が消え、極めて短いスパンでたくさんの量産型をつくらなければいけなくなった」と、橋本は言う。
 
 これまでは試作部門にて簡易の試作金型を製作し、実験用のクルマをつくってきた。ここ最近ではその試作型をなくし、いきなり量産金型を製作している。試作金型をなくすことができたのは、マツダが1996年以降、取り組んできた「MDI(マツダ・デジタル・イノベーション)」のおかげだ。ITを駆使し、クルマのデザインや部品を従来の平面設計図から3次元の立体画像に置き換え、すべてをコンピュータ上で処理する。製品開発の精度が上がり、金型修正および設計変更などの手戻りがなくなり、開発期間を大幅に削減できた。

「しかし、シミュレーション、シミュレーションといっていますが、数値の世界だけではダメで、モノの本質がどこにあるか、なぜ、そういうことが起きるかをわかった上でデジタル化しないと、絶対に違う答えが出てくる。シミュレーションですべてがわかるわけではない」
 
 こう橋本は語る。

 アジア諸国などの追い上げが激しさを増すなかで、ITの活用による生産システムの合理化が求められるのは確かだ。しかし、それでもなお、蓄積してきた日本の金型の強みをないがしろにしてはいけないということだろう。

 実際、マツダが美しいクルマをつくり続けるためには、金型へのこだわりが欠かせない。金型こそが、マツダのデザインの背骨を支えている。金型製作部のこだわり、そして匠の技なくして、デザインの力を原動力にマツダを進化させることはできないのである。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)

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