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4~5月の天皇退位・新天皇即位、極めて興味深い儀式の全貌…前近代より大きく変化

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文化11年(1814年)
8/17 光格天皇 来春に譲位する旨を表明
9/11 光格天皇 伊勢神宮に例幣使を派遣

 光格天皇による譲位の「お気持ち」表明としては、文化11年(1814年)にさかのぼる。当初は翌年の春の計画であったようだが、延引してしまったようだ。なお、伊勢神宮への勅使派遣記事があるので拾ってはみたが、「例幣使」とあるように、これは譲位とは関係がなく通例としての派遣である。

文化12年(1815年)
6/18 大久保忠真 院御料として一万石進上すべきの旨を申入
    一条忠良 仙洞御所造建について幕府へ申入

 幕府からの院御料献上について、時の京都所司代・大久保忠真からの申入れと、関白・一条忠良から幕府への仙洞御所の増改築依頼がなされたようである。天明の飢饉など「仙洞」とは言い条、霞を食べて生きるわけにはいかない様子。また、仙洞御所の増改築については、特に天明の飢饉などで延引されていた書院の新造を強く求めたようだ。

文化14年(1817年)
1/18 光格天皇 譲位の祝儀として幕府に賜物
    光格天皇 仙洞御所増改築への尽力の褒賞として大久保忠真などに賜物

 朝幕間の進物のやり取りが行われている。別途、大久保忠真らには仙洞御所増改築への尽力に対する褒賞が出ている。具体的には太刀、馬、反物、鯛の干物などが贈られたらしい。

 なお、大久保忠真には縮緬と共に『九十賀記』の写本が贈られたとある。同書は鎌倉期の公卿・藤原俊成が90歳になったことを記念して開かれた歌会の記録であり、その子息である藤原定家をはじめとした歌人の作が並べられている。文化的価値もさることながら、俊成卿にあやかって長命長寿を祈るという縁起物としての意味合いもあったのではあるまいか。

文化14年(1817年)
2/14 光格天皇 来月二十二日卯の刻に譲位の旨を内定
3/11 光格天皇 譲位後の御幸始ならびに祝儀について表明
3/13 光格天皇 稲荷・梅宮両社へ行幸 譲位に関する祈祷を実施

 2月に入るとあらためて翌月に譲位を行う旨を内定、ここから一気に動きが出てくる。「御幸始」というのは、この場合、上皇としての初めての行幸を意味する。また、現在の伏見稲荷大社や梅宮大社であるところの稲荷・梅宮両社にて祈祷を行っているのも興味深い。

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