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ダービー前には必ず思い出される最強馬「ナリタブライアン」…いったいどれほど強かったのか

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 あなたにとって「懐かしい」とはどんな情景でしょうか? 1970~90年代の「懐かしい」を集めたのが「ミドルエッジ」。あなたの記憶をくすぐる「懐かしい」から厳選した記事をお届けします。現在、春競馬が真っ盛りで、5月末には日本ダービーを迎えますが、ミドルエッジ世代にとって印象深いダービー馬といえば……見事三冠を制することになる『ナリタブライアン』の名前を挙げる人は多いのではないでしょうか。

90年代に鮮烈な印象を残し、史上最高のサラブレッドとも称される三冠馬の軌跡を振り返っていきます。

「シャドーロールの怪物」の異名で呼ばれた

 1991年5月3日、北海道新冠町にある早田牧場新冠支場で、父・ブライアンズタイム、母・パシフィカスとの間に生まれたナリタブライアン。3歳となった93年には、中央競馬の調教師・大久保正陽の厩舎で管理されることになり、後に菊花賞・天皇賞(春)等を制するビワハヤヒデの半弟(異父弟)として早くから注目を集めます。

 同年8月のデビュー戦では2着、函館3歳ステークス(G3)では6着、きんもくせい特別では1着、デイリー杯3歳ステークス(G2)では3着。続く、11月の京都3歳ステークスでは後にトレードマークとなる馬具「シャドーロール」を装着。自分の影に驚くナリタブライアンの欠点を補うために用意され、その結果、見事快勝を果たします。

1994年日本ダービーにおける単勝配当は驚異の110円!

 93年12月に開催された朝日杯3歳ステークス(G1)でも完勝し、兄・ビワハヤヒデが果たせなかった3歳王者に輝いたナリタブライアン。その後、94年の皐月賞(G1)ではサクラスーパーオー、フジノマッケンオーら後続勢を振り切って完勝。同年の日本ダービー(G1)・菊花賞(G1)でも他の競走馬を寄せ付けない圧倒的な走りを見せつけて立て続けに制覇し、シンボリルドルフ以来10年ぶりの三冠達成を成し遂げたのでした。

 なお、当時の人気は凄まじく、日本ダービーにおける単勝配当はなんと110円。この配当額は、それまで記録を保持していたシンボリルドルフの130円を更新する史上最低額であり、また、単勝支持率は1973年のハイセイコーの66.8%に次ぐ61.8%を記録しました。

『とんねるずのハンマープライス』でナリタブライアンのたてがみが出品される

 三冠達成の興奮冷めやらぬ95年2月には、「ドカベン プロ野球編・登場権」「古田敦也の草野球1日代打権」「常盤貴子のお風呂の残り湯」など、今では考えられないような珍品を競売にかけていたバラエティー番組『とんねるずのハンマープライス』(フジテレビ系)にナリタブライアンのたてがみ数十本が出品。44万円の高値が付き落札されるという一幕も見受けられました。

 しかし、その2カ月後、阪神大賞典(G2)を快勝したナリタブライアンに故障が発覚。さらに、主戦騎手だった南井克巳の落馬負傷などの不運も重なり戦績は低迷し、96年5月の高松宮杯(4着)をもって引退。種牡馬となるものの、98年9月に胃破裂を起こし安楽死の措置が取られ、享年8歳と、短すぎる生涯を終えたのでした。

 その後、2005年にはディープインパクト、11年にはオルフェーヴルが「三冠馬」の称号を獲得したのは記憶に新しいところ。しかし、ナリタブライアンが見せた圧倒的な存在感と力強い走りは永遠に色あせることはありません。

 この連載では次回以降も皆さまの脳裏に「懐かしい」が蘇りそうな記事を提供して参ります。「こんな記事は?」「あのネタは?」なんてお声も、ぜひお待ちしておりますので、よろしくお願いいたします。
(文・構成=ミドルエッジ)

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