篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」第51回

クラシック・オーケストラ演奏、実はミスが多い意外な場所とは?

「Getty Images」より

 今年のゴールデンウィークは長いです。ニュースによると山開きしたところも多いようで、たくさんのハイカーが登山を楽しんでいると思います。僕の個人的な話をすると、2年前に富士山に登ったことで、急に山の楽しさを知ったのはいいのですが、実際には山登りに対してはまったくの素人。そこで、友人の指揮者にお願いして教えてもらうことになりました。

 彼は登山歴も長くプロ級の腕前で、僕に一から山登りを教えてくれたのですが、登り方に関しては大して教えてくれませんでした。それよりも、怪我や事故を起こさないための注意点や、トラブルに巻き込まれたらどう対処するのか、つまりリスクマネージメントのようなことを重点的に教えてくれました。

 ひとつ印象的だったのは、僕が危険な場所を歩いているときに何も言わず、そこを通り過ぎた瞬間に「篠崎君、気をつけて」と言ったことです。彼の説明では、「危険な所は用心するけれど、そこを通過したらホッとするでしょう。でも、客観的に見てみると、まだ危険なんだよ」と説明されました。さらに、「山で転落死する人は、実際には一番危険な場所ではなく、『こんなところで』と思うような場所のほうが多いんだよ。危険な所を過ぎた後に転落することが多いんだよね」と、話されていました。

 僕は、それを聞きながら、音楽でも同じだと思いました。オーケストラも人間が演奏するものですから、ちょこちょこミスはあるのです。僕も失敗をすることもあります。まだ少し固さが残っている曲の始まりはミスの多発地帯ですが、その後、本当に難しい場所が待っています。作曲家は、楽譜に書いた音が間違えていたら消しゴムで消すこともできますが、演奏家は間違えたら消すことができません。しかも、そのミスは、聴衆と、周りで演奏している同僚の記憶に残ってしまうのです。

 しかし実際には、不安いっぱいで演奏し始めても、不思議なことに難しい場所はクリアできてしまうことが多いのです。経験から言いますと、一番危険なのは、その難しい場所の直後です。これまで練習で一度も音を間違えたり、出そこなったりしたことがないような場所にもかかわらず、コンサート本番でミスを犯すということが多いのです。登山中の事故と一緒で、難しい場所ではなく、その後こそ危ないのです。大難関を本番の集中力で無事に過ぎた瞬間、ちょっと安心してしまい、緊張の糸が切れるのが原因だと思います。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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