NEW

血税3千億円投入のジャパンディスプレイ、“経営破綻”を招いた歴代経営陣の敵前逃亡

【この記事のキーワード】

, , ,

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

白山工場建設で経営が悪化

 スマートフォン(スマホ)の画面が液晶から有機ELに置き換わるという技術の変化を経営陣が読み誤ったのが、JDIの“経営破綻”、そして台中連合への身売りの根本的な原因である。

 液晶一辺倒のJDIは、何度も経営危機に直面してきた。経営をリードしてきた本間氏は17年6月の株主総会で退任したが、まったく責任を取らなかった。産業革新機構から出向していた社外取締役の谷山浩一郎氏も6月21日付で退任した。

 谷山氏は日本興業銀行銀行(現みずほ銀行)出身。投資ファンドのカーライル・ジャパンを経て、09年に革新機構のマネージングディレクターに就任。11年にはジャパンディスプレイ統合準備会社の代表取締役に就き、3社統合を実現させた。

 谷山氏はJDIの発足以来、5年間社外取締役を務め“影のトップ”と呼ばれてきた。技術のトレンドがわからない経済産業省がやることは、すべてが後手後手。谷山氏は革新機構の意向の代弁者であり、同氏が執行部を押し切る場面が目立った。JDIの経営責任が曖昧模糊としている理由のひとつが谷山氏の“暴走”にあるとの厳しい指摘もある。

 谷山氏は社外取締役でありながら、「経営の監視」ではなく「経営そのもの」を担っていた。極めつきは、1700億円を投じた石川県の白山工場の建設だ。白山工場は液晶から有機ELへと、技術が大きくシフトしており、今や無用の長物と化した。

 14年3月の新規株式公開(IPO)も谷山氏が仕切った。900円という、当時のほかの液晶会社の株価に比べて「異常に割高」(兜町筋)の公開株価になったのは、「実現性の乏しい、夢のような将来展望を示したから」(同)といわれている。

 上場から1カ月後に業績予想を下方修正して以来、下方修正が日常行事のように繰り返されてきた。株価は一度も公開価格(900円)を上回ったことがない。初値は769円で公開価格を15%下回った。高値は上場直後の836円、上場来安値は18年12月の50円で、文字通り“倒産株価”となった。

 白山工場の巨額投資がたたって、JDIの台所は火の車だった。社長兼COOの有賀修二氏は、赤字を垂れ流し続けたため18年に退任した。「19年3月期の黒字転換」を公約していた東入来信博会長兼CEOは、アップル、台中連合、INCJの利害調整に追われ、過労で緊急入院した。3月26日、月崎義幸社長兼COOが、会長兼CEOの業務を代行した。

 業績が悪化するたびに、経営トップが“敵前逃亡”する事態が続いている。JDIが経営破綻すれば、アベノミクスの失敗の証明になりかねない。経産省は別働隊の革新機構を通じて、面倒を見ざるを得なかった。JDI側もそれを見越しており、本間氏などは記者会見で「革新機構の全面支援を取り付けている」と空手形を乱発した。経営破綻の責任は民間経営者に押し付けられ、首相官邸や経産相、同省の官僚が責任を取ることはない。
(文=編集部)

血税3千億円投入のジャパンディスプレイ、“経営破綻”を招いた歴代経営陣の敵前逃亡のページです。ビジネスジャーナルは、企業・業界、JDITPKアベノミクス嘉実基金管理の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!

Ranking
  • 企業・業界
  • ビジネス
  • 総合
BJ おすすめ記事