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三井住友銀行が“営業ノルマ廃止”を宣言…イケイケ伝説の裏にあるバブル崩壊後の大不祥事

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三菱UFJ銀行(写真=編集部)

昔は「逃げの住友」だった

 もっとも、住友銀行も昔から「モーレツ商法」だったわけではない。しばしば誤解されるが、住友グループは「石橋を叩いても渡らない」堅実な社風で知られる。住友銀行は審査部門が強く、極めて慎重・厳格な融資姿勢で「逃げの住友」と呼ばれた。企業が倒産する頃には、住友銀行の融資残高はスッカリなくなっていて、焦げ付きが少ない。経営不振を事前に察知して、逃げるように融資を引き上げていくという褒辞だ。

 しかし、さすがの審査部の鋭いアンテナも、海外までは届かなかったようだ。1977年に、「十大総合商社」の一角・安宅産業が、海外子会社の不良債権によって倒産した。ことによっては、連鎖倒産による恐慌すら起こしかねない大事件である。

 住友銀行はメインバンクの責任を取って同社の破綻処理を成功させたが、その代償は大きく、翌年の決算で1232億円の不良債権を償却。11年間守っていた収益トップの座を降りた。この時、副頭取(のち頭取)の磯田一郎は「1000億円をドブに捨てた」と言い捨て、「3年後にはトップを奪回する」、そのためには「向こう傷は問わない」と宣言した。減点主義で有名な銀行業界にあって、積極果敢な行動の末の失敗であれば、目をつむる。つまり、「逃げの住友」から「モーレツ商法」へと舵を切ったのだ。

 あの時、安宅産業が倒産していなかったら、住友銀行の歴史はまた違ったものになっていたかもしれない。
(文=菊地浩之)

●菊地浩之(きくち・ひろゆき)
1963年、北海道札幌市に生まれる。小学6年生の時に「系図マニア」となり、勉強そっちのけで系図に没頭。1982年に國學院大學経済学部に進学、歴史系サークルに入り浸る。1986年に同大同学部を卒業、ソフトウェア会社に入社。2005年、『企業集団の形成と解体』で國學院大學から経済学博士号を授与される。著者に、『日本の15大財閥 現代企業のルーツをひもとく』(平凡社新書、2009年)、『徳川家臣団の謎』(角川選書、2016年)、『三井・三菱・住友・芙蓉・三和・一勧 日本の六大企業集団』(角川選書、2017年)など多数。

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