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野田市女児虐待死事件の母親と、私の父から20年間DVを受けた母の共通点

文=林美保子/フリーライター
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野田市女児虐待死事件の母親と、私の父から20年間DVを受けた母の共通点の画像2栗原なぎさ被告の初公判傍聴の整理券をもらうため、行列に並ぶ人々

 その後は父のDVから逃れたはずなのに、母の後遺症は年を追うごとに深刻になっていった。8割方満たされている状態にいるときでさえ、満たされない2割の部分しか見えないような精神状態と言ったらいいのだろうか。被害妄想がひどくなり、身近な人間は、特に手を差し伸べた人間ほど皆悪者にされた。しかも、自分の意見を言えない生活が身についてしまったせいか、本人の前では素振りも見せず、第三者にはけなげに生きるヒロインを演じながら、自分の苦境を訴えた。

 うつ病を患い、やがて人格障害の診断も受けた。DVに支配されて過ごした20年間の爪痕は大きく、母の人格はゆがんでしまったのだった。

不都合な現実に向き合う強さを

 5月16日、野田市の小4女児虐待死事件で、傷害幇助の罪に問われている母・栗原なぎさ容疑者の初公判が開かれた。検察側は、「勇一郎被告に家庭を支配されていたことを考慮しても母親としての責任を放棄し、勇一郎被告の虐待を見過ごしたことは許されることではなく、刑事責任は重大である」として懲役2年を求刑した。それに対して、弁護士側は起訴内容を認めながらも、執行猶予を求めている。

 思ったよりも軽い求刑だったのは、論点が女児を死に至らしめたことではなく傷害の幇助であることや、「暴力で支配されている状況下」ということが考慮されたからだろう。

 公判では、LINEで逐次心愛ちゃんの行動を勇一郎被告に告げ口して虐待を助長させたことや、「夫が好きだった。離婚後、自分から連絡をとった」などの新証言もあり、一般の人々のなぎさ容疑者への批判は強まったように感じる。

 私自身、DV被害者の実態は理解しているつもりだが、だからといって、「母親は保護されるべきDV被害者であり、逮捕されるべき容疑者ではない」という全国女性シェルターネットの意見には賛成しかねる。「保護されるべきDV被害者」であったのは、娘が死亡する前までの話だ。娘が虐待死したという事実に対し、まったく罪がないとするのはちょっと違うと思う。

 公判では、400人以上の傍聴希望者が押し寄せたために、私は残念ながら抽選に外れて傍聴できなかったが、なぎさ被告は終始うつむいて一度も顔を上げることはなく、声もかぼそかったそうだ。そして、「心愛ちゃんに伝えたいことはありますか」との裁判官の問いにも答えなかったという。おそらく、裁判が行われ、周囲では物事が進んでいても、本人の心がついていっていないのではないだろうか。

 私の母は自分に不都合な事実を認めたくないために、自分に都合のいい解釈をして、ときには脚色まで行い、人の同情を買おうとした。それらはすべて、弱い自分を守るためであった。

 なぎさ容疑者に感じるのも、心の弱さだ。不都合な現実と向き合うには強さと勇気が要る。彼女が現実と向き合えるようになるには、まだ時間はかかるのかもしれないが、勇一郎被告と離れたことで、少しは冷静さを取り戻すかもしれない。そして、自分の行ってきたことのどこが間違っていたのかを理解する強さを身につけてほしい。

 6月26日、判決が言い渡される。
(文=林美保子/フリーライター)

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