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「元AV女優・森下くるみ×法社会学者・河合幹雄対談」第2回

AV出演強要問題と新制度設計…文筆家・森下くるみが出演作品の販売停止申請をしたワケ

構成=松島 拡
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AV出演強要問題と新制度設計…文筆家・森下くるみが出演作品の販売停止申請をしたワケの画像4昨今のAV販売・配信サイトでは、ほとんどの女優の「サンプル動画」を視聴できることが当たり前となっている

ネット配信時代到来で急激に高まった、AV女優の「消してほしい願望」

 AV女優は活動するにあたり、プロダクションと話し合い、どこまでの範囲のメディアで自分の出演作を宣伝広告するかという、「パブリシティ制限」を設ける。パブリシティ公開の範囲には、たとえばコンビニ誌の表紙掲載はOKだが地上波テレビ出演はNG、といったさまざまな段階がある。公開範囲を狭めれば身バレの可能性は低くなるが、当然、露出が減るため作品は売れにくくなるという仕組みだ。

 そうした公開範囲については、メーカー・販売業者・メディアの担当者とプロダクションの間で随時個別に確認が取られ、一応は遵守されてきた。つまり、人と人とのつき合いでパブリシティの公開範囲をコントロールすることで、結果として一定程度は身バレしにくい環境を生み出すことができる。そして女優側も、それをある程度信用した上で作品に出演できるわけだ。

 しかし、それはAV作品がVHSやDVDの販売・レンタルで流通していた2000年代初頭までの話。ネット配信が主流となったことで、そうした前提は一気に崩壊した。なぜなら、流通をほぼ独占しているFANZAをはじめとする販売・配信サイトにおいては、基本的に顔などにはモザイクのかけられていない1分程度のサンプル動画をアップすることが、なかば“常識”となってしまったからだ。

 サンプル動画は、ユーザーにとって購買を決める上で最重要の判断材料となり、売り上げに直結するものとなった。そうなってしまうと、メーカーやプロダクションとしても、パブリシティ制限という概念自体が消滅したわけではないものの、サンプル動画の存在を黙認せざるを得ない。そのようになし崩し的に、ほとんどすべての女優の情報が、パブリシティ全開の状態でネット上にさらされるようになった。その結果、以前と比べてはるかに簡単に身バレするようになってしまったのである。

河合幹雄 ネット配信時代への移行によって、販売・配信サイトなどで女優名を検索すればすぐにサンプル動画が出てきて本人を特定でき、しかも動画は半永久的に消えない、という状況になった。女優さんたちにとって身バレという事態が、それまでとは比較にならないほど起こり得ることとしてにわかに浮上してきたわけです。

森下くるみ 私のデビュー当時はまだVHSの時代でしたが、テープというものが存在する以上、自分の作品が一定期間世の中に残り続けると自覚していました。それでも、VHSの時代に動画のダウンロードやストリーミングにまで想像が及ぶかといったら、とても無理な話です。今、インターネットの世界は、動画や画像が残るだけでなく、どこまでも拡散されていくという特性が極まっていますね。

河合幹雄 そういう状況にあっては当然、女優の引退後、あるいは引退を考えて新たな人生の第一歩を踏み出したいというとき、自分がAVに出演していたことを人に知られたくないので出演作を消したい、と切実に願う人が増えてくる。ところが、契約書にはたいてい「作品の権利はメーカーが永久に保持する」というようなことが書かれている。要するに女優には、「消してほしい」と訴え出る手段が全然ないわけです。

 そういう状況下で前景化してきたのが、「出演強要」という別の問題だったのではないか。基本的に女優は、お金のために出演しているケースが多い。となると、現場でひどい扱いはされなかったにしても、女優時代についてどうしてもネガティブな感情を抱いているケースも少なくない。そんな女優が引退後、自分の出演作がえんえんとネット上で販売され続けていることを知る。いつ身バレするかわからない。あるいはすでに親しい人に身バレしてしまった。消してほしい。でもその手段がない。女優時代のことがますます嫌な思い出となって膨らんでくる。そうした中で、ある者はメディアに対し「無理やり出演させられた」として「出演強要」を訴え出る。このような構造があるのではないか、というわけです。

「本当は嫌だったのに無理やり出演させられた」と訴えれば、それが本当なら法的に完全にクロで事件になりますから、結果として出演作を消してもらえるかもしれない。もちろん先に述べたように、本当に出演を強要されたひどいケースは実在します。ただ、社会問題となるほどたくさんの女優さんから出演強要を訴える声が噴出したのは、ネット配信時代を背景とする「消してほしい」という女優さん側の願望が、それほど高まっていたからにほかならない。それこそが問題の本質ではないか、というふうに背景にある構造を理解できたんです。

森下くるみ なるほど……。「消してほしい」は、出演強要問題をきっかけにして発足したAV人権倫理機構とその制度設計をより深く理解するための重要なポイントなわけですね。

 新たに整備された規則では、「出演者から出演作品の販売等に関する問い合わせ等があった際には、それが正当な理由である場合には、メーカー、流通、配信、CSの責任者は、誠実に対応するものとする」とされ、出演女優が希望すれば販売開始後5年で販売・配信を停止できるようになった。また作品の二次利用についても、「別途定める方法で出演者に二次利用に関する報酬を支払うものとする」と定められた。AV人権倫理機構が「消してほしい問題」こそ出演強要問題の“本丸”であると見定め、そこを改革の肝として大鉈を振るった格好だ。

河合幹雄 われわれは出演強要問題について先に述べたような分析を踏まえて、なるべく実効性のあるシステムを策定してきたつもりです。その根幹にあるのが、ルールに違反すれば適正AVの認定を失い、FANZAなどの大手販売・配信サイトから作品を排除される、つまり実質的に作品を売ることができなくなる、という取り決めです。当初はもちろん業界各所から反発もありましたが、最終的にその点について業界の各プレイヤーと合意できたからこそ、海千山千のAV業界において、曲がりなりにもルールの実効性を担保できている。元女優という立場から、森下さんは現状のそういうシステムについてどんなことを感じていますか?

森下くるみ ちゃんと契約書が交わされて、二次利用料も支払われるようになった。販売・配信の停止についても自分の希望が通るようになった。感想レベルですが、女優にとってはそれだけでも本当にありがたいことだと思います。ただ、それまでルールやシステムに関しては、“暗黙の了解”といった曖昧なものをベースとしてやってきた業界なので、メーカーや制作現場のスタッフはいろいろと大変だと思いますけど、新しい制度を受け入れ、慣れていくしかないのかな、と。

 同時に、AV業界もこれでようやく、本当の意味でビジネスとしてスタートできるのかな、という思いもありますね。今までAV業界は“裏社会”だとか、社会とまるで接点のないもののように言われてきたし、そういうマイナスイメージゆえに、AV女優もひとつの仕事としては世間に認められにくかったので。

AV出演強要問題と新制度設計…文筆家・森下くるみが出演作品の販売停止申請をしたワケの画像5文筆家・森下くるみ氏