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木村貴「経済で読み解く日本史」

1300年前から無駄な道路建設で国民に犠牲を強い続ける「日本の歴史」

文=木村貴/経済ジャーナリスト
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 その結果、駅路の利用頻度は飛躍的に増加した。農民は駅使の送迎に追われ、疲弊していく。備後・安芸・周防・長門国の駅家は海外の駅使の利用に備え、瓦ぶき白壁という荘厳な造りにしているが、その維持の負担に地元の農民が耐えられず、修理ができなくなった。これに対し政府は、長門国の駅家は海からも見えるので特別の手当てをせよと命じるなど、国の面子を保つために農民に負担を求めた。

 奈良時代も終わりに近い8世紀後半、駅路に大きな変化が現れる。道幅が一斉に縮小したのだ。幅9メートル以上あったものが5~6メートルに狭くなるといった現象が全国で起こる。場所によっては、規模を縮小するだけでなく、路線そのものを付け替えた事例もある。全国で一斉に起こっていることから、中央政府の意図によると考えられる。

 前出の近江氏は、駅路の縮小は光仁天皇あるいは桓武天皇によって行われた政策の一環と推測する。光仁天皇は、それまで増え続けた役所の数を整理し、運営経費の削減を図った。農民の負担軽減を目的とした「小さな政府」への衣替えである。次の桓武天皇もその路線を受け継いだ。

 古代道路は建設に多大なエネルギーを費やしたにもかかわらず、今でも現役の道路として利用されている区間はごく一部であり、その大部分は地中に埋もれている。7世紀末から8世紀にかけて造られた駅路は、10世紀中頃の律令国家の崩壊とともに、二百数十年の歴史を終えた。

 経済的な利便性を無視して政治的な目的でつくられ、多大なコストを庶民に押しつけたあげく、維持が困難になり、廃れた古代道路。現代の道路政策に重い教訓を突き付けている。

(文=木村貴/経済ジャーナリスト)

<参考文献>

近江俊秀『道が語る日本古代史』朝日選書

同『日本の古代道路 道路は社会をどう変えたのか』角川選書

同『古代道路の謎 奈良時代の巨大国家プロジェクト』祥伝社新書

武部健一『道路の日本史 古代駅路から高速道路へ』中公新書

●木村貴(きむら・たかし)

1964年熊本県生まれ。新聞社勤務のかたわら、欧米の自由主義的な経済学や政治思想を独学。経済、政治、歴史などをテーマに個人で著作活動を行う。

twitter: @libertypressjp

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