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道明寺美清「人生は大逆転できる!」

松井秀喜をヤンキースに入れた敏腕通訳、自殺未遂後に性別適合手術→女優として再起

文=道明寺美清/ライター
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 KOTAを襲ったのは、スーザンに愛人がいたというショックだけではなかった。

「スーザンの愛人に、お金まですべて持っていかれました。気づいた時には、私はすべてを失い、本当にゼロになってしまいました」(同)

 そしてKOTAは、自殺未遂を起こしてしまう。

「あの時は目の前が真っ暗になり、死のうと思いました。でも死に切れず、保護されてレノックス・ヒル病院の隔離病棟に入れらました。なぜ精神科かというと、カウンセリングのなかで私がトランスジェンダーであること、それまで起きたすべてを話したからです。実は、ホルモン治療は04年から始めていました。ホルモン治療は体に大きな負担をかけるばかりでなく、精神的なバランスも崩しやすいという側面があります。そのため、すぐには病院から出してもらえませんでした」(同)

松井秀喜をヤンキースに入れた敏腕通訳、自殺未遂後に性別適合手術→女優として再起の画像8

 病院はKOTAに対して手厚い保護が必要と判断したようだ。運動療法や音楽療法、カウンセリングなども重ね、4週間の加療を経て退院が許可された。KOTAは女性になることにまったく躊躇がなかったという。むしろ、ホルモン治療を進めるにつれて、体も心も楽になっていく実感があった。

「それまでは先が見えず、手枷、足枷がついているような状態だったのが、雲が晴れるように目の前が開け自由になったような気持ちでした」(同)

 性別適合手術を受けて女性へと生まれ変わったKOTAは08年、野球界からも身を引き、それまでのすべてに別れを告げて帰国した。

 日本に戻ってからのKOTAは、まさにゼロからのスタート。一度は両親のいる実家に身を寄せたが、厳格な父はKOTAを認めることができず、追い出されてしまう。財産も失っていたため、絶望に打ちひしがれるところかと思いきや、KOTAは違った。

「ちょうどその時、高田馬場で住み込みスタッフを募集しているライブハウスがあり、迷わず飛び込みました。NYセレブのような生活からは想像もしなかった状況でしたが、自分に正直に生きることができて幸せでした。以前から憧れていた女優業にも挑戦するチャンスに恵まれ、本当に新たな人生が始まりました」(同)

 10年には映画監督の市川徹氏と出会い、映画『さくら、さくら -サムライ科学者 高峰譲吉の生涯-』(アステア)に、主人公・高峰譲吉の義母、メアリー役で出演した。

「実は、高峰錠吉も義理の母メアリーも、私が自殺未遂の後に保護されたレノックス・ヒル病院で亡くなっていたことがわかり、強い運命を感じました」(同)

松井秀喜をヤンキースに入れた敏腕通訳、自殺未遂後に性別適合手術→女優として再起の画像9

 野球界から一度は遠ざかっていたKOTAだが、ギタリストや女優として活動するなかでブログを始めたところ、かつての同士たちがKOTAを見つけ、今も交流は続いているという。

「自分が野球界でやってきたことに意味があったと自信を持てたのは、私が“女性・KOTA”になったことを知っても、野球界で誰一人として私から遠ざからなかったからです。むしろ、『KOTA、いいじゃん!かっこいいよ』と応援してくれています」(同)

 両親との関係も修復でき、母の死後に、介護が必要となった父の世話をして最期を看取れたという。現在は、ギタリスト、女優のほか、講演活動、ボランティア活動など、幅広く活躍している。また、自身のトランスジェンダーの体験からLGBT運動にも積極的に取り組んでいる。

「私自身は幼少期、美輪明宏さんの存在に大きな希望を感じました。また、女性になった後、共通の知人を介しピーターさんとも交流ができ、励まされたことも多くあります。多様な個性が認められるようになった現代ではありますが、まだまだLGBTへの理解は十分ではありません。マイノリティーだと悩んでいる人に、私を知って欲しいと思います。そして、何かを感じていただければという思いで、これからも私の人生を発信していきます」(同)

 目を輝かせながらそう話すKOTAは、これからの日本に新しい価値観生み出す存在となるだろう。
(文=道明寺美清/ライター)

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