トヨタ、国内最大の住宅メーカーに…あまりに非道なミサワホーム買収劇


 一方、トヨタの家づくりは、トヨタ創業家にある“一人一業”に基づく。業祖、豊田佐吉翁は豊田式自動織機を発明した。佐吉翁は1927年10月、昭和天皇から勲章を授与され、親族一同、記念撮影という晴れの席で倒れた。そして、「喜一郎、お前は自動車をやれ」と一言、言い残して世を去ったというのが「一人一業」の始まりとされる。

 長男の豊田喜一郎氏がトヨタ自動車を設立したのは、この「一人一業」を説く佐吉翁の意思による、と巷間伝わっている。

 喜一郎氏が、長男・豊田章一郎氏(創業家三代目、現・名誉会長)に「一人一業」として勧めたのが住宅だ。戦後、焼け野原を目にした喜一郎氏は「木や紙でつくった燃える家ではダメだ」と痛感したからだ。章一郎氏は、木と紙でつくらないトヨタホーム(鉄骨構造体)を起こし、「一人一業」を実践した。

 トヨタが住宅事業に参入したのは工販合併前の1975年。三代目の章一郎氏が情熱を傾けた新規事業であった。だが、参入当初、地場の工務店からトヨタ車の不買運動が起こるなど、順風満帆な船出ではなかった。庶民は鉄骨の家より木で造った住宅を好んだ。

 住宅は章一郎氏の「一人一業」の事業だ。なんとしてでも、住宅事業を形あるものにしなければならない。そのためには、トヨタホームが弱い木造住宅を手に入れる必要があった。それがミサワホーム買収の大作戦の底流にあったことは間違いない。

 ミサワホームの買収作戦の総指揮を執ったのは、日本経済団体連合会(経団連)会長でトヨタ自動車会長(当時)の奥田碩氏。03年4月、トヨタ自動車の住宅事業部から分離し、トヨタホームを設立。早速、ミサワホームの買収に動いた。これにミサワホームの創業者、三澤千代治氏が猛反発した。

 そこで、ミサワホームを不振企業の駆け込み寺だった産業再生機構に追い込み、トヨタが再生スポンサーになることで、ミサワホームを手に入れた。このトヨタの買収劇は、「世界のTOYOTAが、そこまでアコギなことをやるのか」と顰蹙を買った。

 トヨタはミサワホームを手に入れて、住宅大手の一角に食い込んだ。そして、今度はパナソニックとの住宅統合で“日本一”の住宅メーカーに躍り出る。これは豊田章一郎名誉会長の「一人一業」の総仕上げを意味する。

 四代目の豊田章男社長の「一人一業」は何か。

 それは、人工知能(AI)だ。米シリコンバレーに人工知能技術の研究開発のための新会社を設立している。人工知能は自動運転技術、ロボット、生産管理など幅広い分野で応用できる。人工知能を深掘りして、新分野での起業の機会を探る。
(文=編集部)

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