三菱航空機、スリーダイヤを使用できず…三菱グループが商標権管理にこだわる歴史的必然の画像3「三菱金曜会」の会員企業27社(「三菱金曜会」公式サイトより)

昔は社長会が三菱グループの仮想本社だった

 さて、旧主・岩崎家を説得するには格好の人物がいた。三菱商事次期社長と目された、荘(しょう)清彦である。荘は三菱財閥重役の息子で、当時の岩崎家当主・岩崎彦弥太(ひこやた)の東京高等師範学校(現・筑波大学)附属小学校の同級生。岩崎家からの信頼は絶大だった。

 以来、荘は三菱グループ内で徐々に台頭していく。石黒は三菱社名商標委員会の設立と同時期に、三菱グループの社長会・三菱金曜会を設立してそのトップとなるのだが、荘は石黒の2代後のトップ(世話人代表)に就任する。

 日立グループのトップは日立製作所、トヨタグループのトップはトヨタ自動車であるが、三菱グループはグループ会社の連合体で、トップの企業がない。ただし、石黒が戦前の財閥本社を念頭に置いて三菱金曜会をつくったので、世話人代表はグループ間企業の調停など、かなりの権限を有していた。いわば、三菱金曜会は三菱グループの仮想本社で、世話人代表が三菱グループのトップに当たる。世話人代表が積極的にグループ運営の主導権を取ることが、三井や住友にはない、三菱グループ固有の特徴だった(1990年代頃から、世話人代表は行使権限を振るわなくなっているが)。

 荘は世話人代表に就任すると、リーダーシップを発揮して、三菱グループの結束強化に動く。ミツビシ・スリーダイヤのブランドイメージを最大限に利用すべく、三菱金曜会の下部組織として三菱広報委員会、三菱マーケティング研究会を設置して、グループを挙げて営業推進に取りかかった。

 そして、「BUY(バイ)三菱」(=三菱製品を買いましょう)運動を推進し、「あなたの三菱、世界の三菱」をグループの共通宣伝標語として掲げ、三菱グループ企業13社の従業員27万人、その家族約100万人を対象とした「三菱ファミリー・ショー」を開催した。三菱グループの従業員がキリンビール以外のビールを飲まなくなったのも、この頃からのようだ(最近はそうでもないらしいが)。

 これらは、すでに自立したグループ各社が、あたかも戦前の三菱財閥のような単一資本の集団であるかのごとくに錯覚させるイメージ戦略でもあった。ある座談会で、荘は以下のように語っている。

「(三菱)グループ内で別々な動きをしていたんじゃ駄目だ。自分たちだけの力では、各個撃破されてしまう。外国じゃ現に、三菱一本だと思われている。(中略。グループ各社が)お互いの力で育っていく。僕が“バイ三菱”というのは、その辺からなのだ」(「丸の内だんぎ」)。

 荘は三菱商事会長(前社長)でもあったから、特に海外から三菱グループがどう見られるかを考えてのことだったのだろう。その成果もあって、ミツビシとスリーダイヤは海外から高い評価を得ることに成功したのである。
(文=菊地浩之)

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●菊地浩之(きくち・ひろゆき)
1963年、北海道札幌市に生まれる。小学6年生の時に「系図マニア」となり、勉強そっちのけで系図に没頭。1982年に國學院大學経済学部に進学、歴史系サークルに入り浸る。1986年に同大同学部を卒業、ソフトウェア会社に入社。2005年、『企業集団の形成と解体』で國學院大學から経済学博士号を授与される。著者に、『日本の15大財閥 現代企業のルーツをひもとく』(平凡社新書、2009年)、『徳川家臣団の謎』(角川選書、2016年)、『三井・三菱・住友・芙蓉・三和・一勧 日本の六大企業集団』(角川選書、2017年)など多数。

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