“国策”MRJ、新規受注ゼロで事業存続の危機…成功したホンダジェットと真逆の発想

MRJ(「Wikipedia」より/CHIYODA I)

 足元で、三菱重工の航空機事業の展開が読みにくくなっている。まず、開発中である「三菱リージョナルジェット(MRJ)」(6月17日、名称を「三菱スペースジェット」に改めると発表)については、すでに納入時期が5回延期された。今後の展開も予断を許さない状況のようだ。その一方、同社は米国向けの70席クラスの機種を開発すると発表した。さらに同社は、カナダのボンバルディア社から小型ジェット旅客機事業を買収しようとしていると報道された。航空機事業への展開意欲はかなり強いと見られる。

 航空機分野に詳しい専門家のなかには、「三菱重工が航空機メーカーとして自前主義にこだわりすぎる」と指摘する声もある。そうした指摘の背景には、世界各国から必要な人材やテクノロジーを積極的に取り入れるべきとの考え方がある。

 MRJの納入が遅れていることは確かだが、米国では、航空会社とパイロットの労使間交渉の影響から70席クラスの旅客機への需要が見込まれている。三菱重工がそうしたニーズの変化をうまくとらえ、外部のノウハウなどを積極的に使ってMRJの開発を加速させることができるか否かが当面の注目点だろう。

政府主導による航空機開発

 
 もともとMRJは“国策航空機”として開発が進められた。具体的には、経済産業省が「環境適応型の高性能小型航空機研究開発」プロジェクトを推進したことが始まりだった。政府としては、航空機や宇宙産業におけるイノベーションの発揮を目指した。この背景には、国産の航空機の開発は民間企業に任せるにはリスクが大きく、官民の連携によって進めたほうが適切との発想があった。MRJが“日の丸航空機”と呼ばれるゆえんだ。

 政府主導の開発は、MRJプロジェクトの運営に無視できない影響を与えている。「MRJは“純”国産のジェット旅客機として、日本の技術力を結集して生み出されるべき」との認識が、三菱重工をはじめとする関連企業に浸透している。日本企業の創意工夫や技術力を生かして新しいプロダクトを生み出すという点においては、それなりの意義はあるだろう。

 ただ、MRJプロジェクトは、あまりに国内のモノや発想にこだわりすぎた面がある。もっと柔軟な発想の下、開発を進める選択肢もあった。1950年代には国産機であるYS-11の開発が進められた。しかし、それに次ぐ民間航空機の開発は行われなかった。航空機開発の経験に乏しい日本の企業にとって、90人乗りのリージョナルジェットをゼロから自前で開発することはハードルが高い。時間がかかるのは当然との見方もできる。

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