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江川紹子の「事件ウオッチ」第131回

江川紹子による考察…「大崎事件再審棄却」から見えた「人権救済を阻む砦」と化す最高裁への危惧

文=江川紹子/ジャーナリスト
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再審棄却を受けて、会見を行った弁護団(6月27日、鹿児島県内にて/写真:毎日新聞社/アフロ)


 40年前、鹿児島県大崎町で男性の遺体が見つかった「大崎事件」で、殺人罪で服役した原口アヤ子さん(92)らが起こしていた第3次再審請求は、地裁と高裁の再審開始決定を最高裁が破棄し、そのうえ自ら請求を棄却して強制終了させた。この前代未聞のやり方とその後の対応での“強気”な姿勢からは、最高裁はもはや「人権の砦」としての役割を放棄したように見える。

再審請求を“強制終了”させた最高裁


 事件の概要、地裁・高裁や最高裁の各決定については、すでに多くの報道がなされているので詳述しないが、以下の1点だけは指摘しておきたい。

 再審請求審では、被害者とされるXさんの死因が最大のテーマになった。確定判決は、死体を解剖した城哲男・鹿児島大教授(当時)の鑑定と共犯者とされた人たちの自白に基づいて、死因はタオルによって首を絞めたことによる絞殺と断定していた。

 これに対し、弁護側が今回の再審請求で提出した、吉田謙一・東京医科大教授は、絞殺の根拠とされた「頸椎前面の組織間出血」は首の「過伸展(むち打ち症のような力が加わること)」によるものと判断。Xさんが酒に酔って自転車に乗り、側溝に転落する事故を起こし、全身がぬれた状態で下半身裸のまま放置された後に、軽トラックの荷台に放り込まれて自宅に運ばれた経緯を重視し、事故で体内で出血を起こし、低体温症が加わって死亡した可能性が高い、と指摘した。

 高裁は、ほかの証拠と総合評価のうえ、「この鑑定が裁判に出されていたら、有罪判決の事実認定はできない」として再審開始を決めている。

 ところが最高裁は、この鑑定を「吉田教授は、死体を直接検分していない」などとして退けた。

 しかし、実は「死体を直接見分」した城教授自身が当初の鑑定を見直し、死因を絞殺とする判断を否定しているのだ。当初の鑑定を行った時に、Xさんの転落事故についての情報を捜査機関から一切聞かされていなかった城教授は、事実を知って再度検討を行い、頸椎の出血は首の「過伸展」によるものと修正した。過去の自己の判断に固執せず、新たな事実がわかれば柔軟に結論を見直すという、科学者として実に誠実な対応だった。吉田鑑定は、この城新鑑定を深掘りしたものだ。

 最高裁は、その事情を知りつつ、城新鑑定をあえて無視した。

 決定では、共犯者の自白やXさんを運んだ人の供述を挙げて吉田鑑定の価値を否定したが、吉田鑑定に疑問が生じたなら、最高裁は疑問点を指摘したうえで高裁に差し戻し、さらなる吟味を求めるのが常道だろう。再審請求は、「(有罪)の言渡を受けた者の利益のために」(刑事訴訟法)に行う手続きなのだ。

 それにもかかわらず、弁護側の反論やさらなる立証を封じ、自ら請求を棄却して再審請求を強制終了させたのは、あまりに強権的なやり方と言わざるを得ない。この態度からは、万が一にも無辜(無実の人)を罰する事態があってはならないという慎重さは、みじんも感じられない。逆に、高裁で再び再審開始の決定が出るのを恐れているのではないかと疑いたくなるほど、本件の再審は許さない、という強固な意志ばかりが伝わってくる。

誤りの指摘も無視、再審請求人への差別的な対応


 この最高裁決定に対し、弁護側は異議を申し立て、事実認定の誤りのほか、法令適用の誤りも指摘した。

 というのは、最高裁決定では、検察側による特別抗告は「抗告理由に当たらない」と明記して退けている。そのうえで、「職権をもって調査」した結果として、破棄自判、すなわち高裁決定を破棄するだけでなく、自ら請求棄却の判断をする結論に至ったとしている。

 しかし刑事訴訟法によれば、下級審の決定を破棄自判できるのは「抗告が理由のあるとき」とされている。最高裁自ら「特別抗告には理由がない」と判断したのに、破棄自判したのは間違っている、と弁護側は主張し、最高裁に再考を促したのだ。この異議申立を最高裁に提出し、受理されたのが今月1日。それからほぼ24時間後の翌2日、主任弁護人の事務所に最高裁の書記官から電話があった。「本件は立件しないことになりました」という連絡だった。弁護人が書面での回答を促すと、「書面はありません」という返事だった。

「立件しない」とは、弁護側の指摘に対して、なんらの検討も、判断も、説明もせず、「一切取り合わない」「無視する」ということだ。しかも、その旨を記した書面すら作成せず、電話1本の通告で終わらせるという、まさに「とりつく島もない」態度に終始した。

 法令適用の誤りが指摘されているのだから、異議を退けるにしても、せめて最高裁としての考えを示すべきではないか。

 その後、原口さんの支援者が要請行動の申込みをしたところ、最高裁から「そのような事件は係属していません」と言われた。最高裁としては、すでに終わった話で、もはや関わりはない、ということらしい。

 それだけではない。

 最高裁は、裁判所ウェブサイト内の「裁判例情報」に、今回の決定をアップした。このサイトには、裁判所の判決や決定の中から、ごく一部が掲載されるが、どういう事件を掲載するのかといった基準は明らかにされていない。本件と同じように地裁、高裁の再審開始決定を検察側が最高裁まで争った、布川事件や松橋事件の決定は見当たらない。一方、大崎事件については、原口さんが申し立てた請求のほか、元夫の再審請求について長女が申し立てた件についての決定も掲載された。

 この長女の請求に対する決定で、原口さんの実名がそのまま掲載されていたのは驚いた。

 通常、裁判所の「裁判例情報」では、被告人や請求人のほか、文中に出てくる人命や地名などの固有名詞をアルファベットを使って記号化する。実名が出るのは、上訴した際の弁護人・代理人の名前くらいで、それ以外は徹底した匿名化が図られる。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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