鈴木貴博「経済を読む目玉」

AIの覇権、米国GAFAから中国巨大IT企業へ移行始まる

2018年「独身の日」 世界最大級のオンライン商戦(写真:Imaginechina/アフロ)

 最初に申し上げておきますと、現時点で日本はかなり絶望的なレベルでAI後進国です。理由は2つあるのですが、ひとつめにAIがこれからどれほど進歩していくのかという話をしても、政治家や官僚、財界人の多くがぴんと来ないという現状があります。

 2020年代を通して仕事消滅が本格化するという話をしても、「そんなことは起きないよ」と根拠抜きに真顔で否定されるのが今の日本です。世界で何が起きているのかを知らないのです。

 もうひとつの理由が、日本人の身の回りに強いAIを開発する巨大IT企業が存在しないということです。代わりに存在するのがいわゆるAIベンチャーといった若い企業群で、これらの企業はAIアルゴリズムを用いて比較的面白い研究を続けているのですが、資金的な制約などもあり、巨大なコンピューティング能力と莫大なビッグデータを用いたモンスター級のAIを育成することはできません。

 2020年代を通じて世界を大きく変えてしまうのは、巨大なデータを活用しながら怪物に育っていくレベルのAIで、この規模のものを開発できるのは年間2兆円レベルの研究開発投資を行うことができる巨大IT企業だけ。そのような企業が日本にはないため、小さな研究を積み重ねているAIベンチャーの動きを通じてしか、日本のリーダーは未来を予想できていない。これが日本の現状です。

 そしてここからが今回の記事のテーマになるのですが、それを開発する能力が、どうやらアマゾン、グーグル、フェイスブックといったアメリカ企業から、テンセント、アリババ、バイドゥ、ファーウェイといった中国企業へ移行しそうだという話があります。この動きが意味することを通じて、今、モンスター級のAIの世界に何が起きているのかを概説してみたいと思います。

モンスター型AIの特徴

 今現在、世界の巨大企業が開発しようとしているモンスター型の巨大AIにおいて、主に3つの目的に投資が集中しています。1つは金融ビジネスを操るフィンテック、2つめに消費者の購買行動を左右する広告ビジネス、そして3つめが自動運転や無人コンビニに代表される無人化です。

 巨大AIは株価の動きや市場の歪みを人間よりも巧みに学習し、金融市場で巨額の利益をあげたり、アマゾンやグーグルが今やっているよりももっと巧みに消費者の心を操ることで消費行動そのものを支配したり、人間が介入しなくても物流から小売までのインフラが成立するような未来社会を創ろうとしています。

 このモンスター型のAIには、従来のITプログラムと大きく違う点がふたつあります。ひとつは扱うデータの量が莫大であること。言い換えれば非常に巨大なコンピュータでないと扱えないレベルのデータ量を消化できる化け物だということです。そしてもうひとつは、育つためには良質なビッグデータをどれだけ潤沢に供給できるのか、AIを育てる環境が成長を大きく左右するということです。

 この2つめの点で、これまでは消費者のウェブ閲覧行動データや購買行動データを保有するアマゾングーグル、日々の活動やそれに対する反応データを大量に保有するフェイスブックのようなSNS企業が、モンスター型AIを育てる最適環境を持っていました。そしてGAFAと呼ばれるこれらの巨大IT企業群が、2020年代の世界を操っていくのではないかと想定されてきました。

 ある意味でそれは現実化していたのですが、ここへきてひとつの巨大な障壁が出現しています。

フェイスブックデータの流用事件が意味すること

 それが先進国における個人データ保護の壁です。その象徴的な転換点となった事件が、ケンブリッジ・アナリティカによるフェイスブックデータの流用事件です。

 これは選挙PR会社であるケンブリッジ・アナリティカが、フェイスブックに無断でそのユーザー数千万人分の履歴データを流用したという事件ですが、あまり広く知られていない不都合な事実が、この事件の背後に隠れています。それはフェイスブックユーザーの個人データを活用することで、世論を変える操作が可能だということがわかってしまったということです。

 フェイスブック上であなたが「いいね」を押すたびに、フェイスブックのAIはあなたのことを学習できるのですが、そのレベルは世の中が思っている以上に高いのです。もしフェイスブック上であなたがいいねを150回押せば、フェイスブックのあなたについての理解は、あなたの配偶者やパートナーが理解しているよりもずっと深くなるといわれています。そして300回のいいねが集まれば、フェイスブックはあなたよりも深くあなたのことを理解するといいます。

 そのデータを活用したのが、ケンブリッジ・アナリティカです。フェイスブックデータを利用して、イギリスでは国内のEU離脱推進派のための選挙PRを請け負い、アメリカではトランプ候補の大統領選挙対策を請け負っていました。そして同じような思想傾向を持つマイクロセグメントに分けた国民ごとに違うメッセージを発信して、有権者の行動を微妙にシフトしていく活動を行いました。

 その結果、投票前にはどちらも劣勢だと見られていたこの2つの陣営は、国民の投票において僅差でライバルに勝つという成果を得ることになりました。その僅差部分がどうやらAIの影響力によるものだったという点こそが、この事件の大きな闇の部分なのです。

 この教訓からIT企業に対する規制が声高に叫ばれるようになり、フェイスブック社の株価は大きく下落し、ケンブリッジ・アナリティカという企業はこの世界から消滅することになりました。

 先進国の未来をより良いものにするという観点では、非常に正しい政策判断がなされることになったのですが、新たな規制は、これまでAI革命をけん引してきたアマゾン、アップル、Google、フェイスブック、マイクロソフトといったアメリカの巨大IT企業のAI開発スピードを弱める方向に働きます。

中国、AIによる成功した監視社会

 そして同時にとても重要なことは、この動きによって漁夫の利を得てテンセント、バイドゥ、アリババ、ファーウェイといった中国のAI開発企業が、競争においてひとつ頭が抜きん出そうな状況ができてしまったという点です。「次世代のモンスターAIは、個人情報に配慮することなくAIを育成できる中国から出現する」という新しい現実が始まったのです。

 この新しい局面は、中国社会全体を管理する顔面認証技術がその発端になっています。世の中のビッグデータのなかでももっともデータ量が多く、かつその活用の効果が大きいものは、街中に張り巡らされている監視カメラの画像情報データです。もしこの画像ビッグデータが自由に活用できる環境で巨大AIを育成することができれば、そのAIは個人の行動をかなり高いレベルで予測できるように育ちます。

 最近でも日本の警察がさまざまな監視カメラを駆使して、事件を起こした犯罪者とその自宅を特定するという報道が見られますが、中国では都市部に住む数億人の画像データを処理して、個人レベルで分析することができます。あなたが朝何時頃に家を出て、一日の間どこでどう過ごしているのかが、画像データからだけでもかなりのレベルで把握されます。

 さらに画像処理技術だけでなくメールやアプリなどのスマホ情報が加わると、そのときのあなたの様子から、あなたの気分ないしは機嫌、疲れているのか元気なのか、そしてそのようなときにあなたがどのような行動を取りがちなのかといったことまで、AIは学習できるようになります。

 今、中国ではAIによる成功した監視社会ができあがると予測されています。実際に駐在員の方の話を聞くと、こんな話を聞くことができます。

 たとえばある人は、「宅配便の再配達を現地でほとんど経験したことがない」といいます。どうも宅配便業者はその人が在宅なのか外出中なのか知っているのではないかというのです。別の人は自宅に届くはずの荷物が、勤務中に職場に届けられて驚いたと話しています。

 別のある日本人役員は、香港経由で中国奥地にある現地法人を極秘訪問したときに、こんな経験をしました。誰にも知られたくない用件での訪問だったため現地法人には内緒で現地入りし、実際に社員たちは彼の出張に驚いたそうなのですが、なぜか空港に到着したときに地元の高官がにこにこしながら自動車で出迎えに来てくれたというのです。

 そんな話を聞くと、日本人としてはちょっと気持ち悪くなりますし、さまざまな個人情報が中国政府だけでなく国営企業、そして中国資本の民間企業が使うことができるのだとしたら、私たちは「大丈夫か?」と心配してしまいます。そしてそんなことはアメリカではやることができない。だからGAFAの育成するAIはある一線を越えてこない。

 そこでもし、中国のAIは踏みとどまることがないとしたらどうでしょう? 2020年代のAI覇権は、GAFAから中国のIT企業へと移行するという説について、とても高い蓋然性が感じられてくるのではないでしょうか。
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『日本経済復活の書』『日本経済予言の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。
百年コンサルティング 代表 鈴木貴博公式ページ

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