鈴木貴博「経済を読む目玉」

AIの覇権、米国GAFAから中国巨大IT企業へ移行始まる

 その結果、投票前にはどちらも劣勢だと見られていたこの2つの陣営は、国民の投票において僅差でライバルに勝つという成果を得ることになりました。その僅差部分がどうやらAIの影響力によるものだったという点こそが、この事件の大きな闇の部分なのです。

 この教訓からIT企業に対する規制が声高に叫ばれるようになり、フェイスブック社の株価は大きく下落し、ケンブリッジ・アナリティカという企業はこの世界から消滅することになりました。

 先進国の未来をより良いものにするという観点では、非常に正しい政策判断がなされることになったのですが、新たな規制は、これまでAI革命をけん引してきたアマゾン、アップル、グーグル、フェイスブック、マイクロソフトといったアメリカの巨大IT企業のAI開発スピードを弱める方向に働きます。

中国、AIによる成功した監視社会

 そして同時にとても重要なことは、この動きによって漁夫の利を得てテンセント、バイドゥ、アリババ、ファーウェイといった中国のAI開発企業が、競争においてひとつ頭が抜きん出そうな状況ができてしまったという点です。「次世代のモンスターAIは、個人情報に配慮することなくAIを育成できる中国から出現する」という新しい現実が始まったのです。

 この新しい局面は、中国社会全体を管理する顔面認証技術がその発端になっています。世の中のビッグデータのなかでももっともデータ量が多く、かつその活用の効果が大きいものは、街中に張り巡らされている監視カメラの画像情報データです。もしこの画像ビッグデータが自由に活用できる環境で巨大AIを育成することができれば、そのAIは個人の行動をかなり高いレベルで予測できるように育ちます。

 最近でも日本の警察がさまざまな監視カメラを駆使して、事件を起こした犯罪者とその自宅を特定するという報道が見られますが、中国では都市部に住む数億人の画像データを処理して、個人レベルで分析することができます。あなたが朝何時頃に家を出て、一日の間どこでどう過ごしているのかが、画像データからだけでもかなりのレベルで把握されます。

 さらに画像処理技術だけでなくメールやアプリなどのスマホ情報が加わると、そのときのあなたの様子から、あなたの気分ないしは機嫌、疲れているのか元気なのか、そしてそのようなときにあなたがどのような行動を取りがちなのかといったことまで、AIは学習できるようになります。

 今、中国ではAIによる成功した監視社会ができあがると予測されています。実際に駐在員の方の話を聞くと、こんな話を聞くことができます。

 たとえばある人は、「宅配便の再配達を現地でほとんど経験したことがない」といいます。どうも宅配便業者はその人が在宅なのか外出中なのか知っているのではないかというのです。別の人は自宅に届くはずの荷物が、勤務中に職場に届けられて驚いたと話しています。

 別のある日本人役員は、香港経由で中国奥地にある現地法人を極秘訪問したときに、こんな経験をしました。誰にも知られたくない用件での訪問だったため現地法人には内緒で現地入りし、実際に社員たちは彼の出張に驚いたそうなのですが、なぜか空港に到着したときに地元の高官がにこにこしながら自動車で出迎えに来てくれたというのです。

 そんな話を聞くと、日本人としてはちょっと気持ち悪くなりますし、さまざまな個人情報が中国政府だけでなく国営企業、そして中国資本の民間企業が使うことができるのだとしたら、私たちは「大丈夫か?」と心配してしまいます。そしてそんなことはアメリカではやることができない。だからGAFAの育成するAIはある一線を越えてこない。

 そこでもし、中国のAIは踏みとどまることがないとしたらどうでしょう? 2020年代のAI覇権は、GAFAから中国のIT企業へと移行するという説について、とても高い蓋然性が感じられてくるのではないでしょうか。

(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

●鈴木貴博(すずき・たかひろ)

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『ぼくらの戦略思考研究部』(朝日新聞出版)、『戦略思考トレーニング 経済クイズ王』(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。

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