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白虎隊からMAIKO&お国、美 少年まで…天才ジャニー喜多川のネーミングセンスを考察

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1965年に発売された初代ジャニーズのシングル「ガール・ハッピィ」(発売は当時のビクター)

 ジャニーズ事務所の創業者にして代表取締役社長であったジャニー喜多川氏の他界に伴い、その芸能界における功績が振り返られる機会が多いが、本稿ではジャニー氏の、凡人とは異なる“ある部分”について取り上げたい。

堂本光一、堂本剛はユニット名に落胆した?

 ジャニーズ、フォーリーブスに始まり、1970~1980年代の一時期を除き、ジャニーズ事務所の所属タレントはユニットとして活動するケースが圧倒的に多く、それは今に至るまで続いている。各ユニット名には、ジャニー喜多川氏の独自の感性、言語感覚が反映されることは広く知られた事実だ。

複数の所属タレントの証言によれば、ある日ジャニー氏に、「ユーたち、●●だよ」とユニット名を突然言い渡されるのだという。なかには、ちょっとほかではあり得ないオリジナリティがありすぎるものもある。「KinKi Kids」の2人は、その名称を通達された際、「俺ら終わったな」と気を落としたと冗談交じりに語っている。

 しかし一風変わったそうしたユニット名は、まず人々の印象に残り、そして当人たちがそれを堂々と使い続けることで、やがて違和感がなくなっていくのである。なかには一般公募されたもの、本人たちが決めたとされるもの、テレビ番組企画主導のものもあり、ジャニーズのグループ名のすべてがジャニー氏命名のものとは限らない。しかしそれらのグループ名もまた、ジャニー氏に無許可では決まらないだろう……という前提で、本稿は話を進めよう。

 ジャニーズ事務所には主に、TOKIO、V6、KinKi Kids、嵐、NEWS、関ジャニ∞、KAT-TUN、Hey!Say!JUMP、Kis-My-Ft2、Sexy Zone、A.B.C-Z、ジャニーズWEST、King & Princeなど、恒常的なCD(かつてはレコード)リリース活動をする“デビュー組”、番組やイベントの企画と連動した期間限定ユニット、そしてデビュー予備軍である「ジャニーズJr.」内でオフィシャルな名称が与えられた“ジャニーズJr.内ユニット”とが存在するが、ここではそのいずれもを対象としたい。

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「郷ひろみ」は芸名であり、ジャニー喜多川のネーミングセンスの賜物である。(写真は、1973年にCBSソニーより発売されたシングル「裸のビーナス」)

【傾向1】光GENJI・忍者・嵐……和モノ、漢字系が大好き

 ジャニーズの歴代ユニットには、日本をイメージさせるもの、直接的に漢字を用いたユニット名が実に多い傾向がある。初期はジャニーズ、フォーリーブス、ジューク・ボックスとカタカナ名が主流だったが、すでに1975年には、「白虎隊」なるバンド形式のジャニーズJr.内ユニットが登場している。

 デビュー組の元祖は、「少年隊」だろうか。この路線が強化されたのは1980年代後半で、「光GENJI」「男闘呼組」「忍者」……つまり、“少年御三家”と呼ばれた3ユニットは、いずれも漢字を用いたものである。またその頃には、「GENJI(源氏)」に対抗した「平家」を冠したユニットの構想もいくつかあったとされ、結局、「光GENJI」のバックダンサーとして「平家派」が誕生した。

 その後、ジャニーズJr.内ユニット「少年新撰組」や、ご存じ「嵐」もこの傾向だろう。近年、この和モノ、漢字系は減っているが、ジャニーズJr.内には、映画『七人の侍』を想起させる「7 MEN 侍」というユニットもある。

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1988年にポニーキャニオンより発売された光GENJIのファーストアルバム『光GENJI』

【傾向2】MAIKO&お国って何? メンバーの頭文字を合体させるのが好き

 ある時期からは、メンバー名の頭文字を並べたユニット名が増えている。

 このパターンは、1979年放送のテレビドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)の第1シリーズに出演していた、田原俊彦、野村義男、近藤真彦による「たのきんトリオ」が最初だろう。「たのきんトリオ」は3人一緒での歌手デビューはなかったが、この名称を冠した合同コンサートやテレビ番組、共演映画などもあり、オフィシャルなトリオとしての活動があった。「たのきん」というのは「田」「野」「近」とそれぞれの苗字から漢字一文字を採ったものだが、もともとは近藤ではなく、椎野という人物を入れて「たのしいトリオ」とする構想があったという説もある。

 この頭文字ユニット名は、1990年代後半に増えていく。1997年、京都で行われた舞台公演『KYO TO KYO』の出演者による「Hi! See Me IN KYOTO」が編成されている。これは、原則的には13名のメンバーのイニシャルを並べたもの(膨大すぎるので詳細は割愛)。

 1998年には、同じく『KYO TO KYO』関連で「MAIKO&お国」が登場。「MAIKO」は牧山、粟島、今川、鎌田、大西の頭文字。「お国」は尾身、国分から。では「&」は? 安藤……というわけではなく、塩田というメンバーが「&」担当で、その理由は……今となっては確認が難しい。なお、途中で「M」は牧山から女寺、「&」は塩田から清水というメンバーに交代。女寺は「めでら」ではなく「にょうじ」と読み、イニシャルは「N」だったが、そのあたりはあまり気にすべきではないのかもしれない。なお、途中離脱した「M」担当の牧山雄亮は、のちに「純烈」のメンバーとなる友井雄亮(現在は離脱)である。

 同時期、「KYOTO大原村」という同系統ユニットもあった。「大」は大野智、「村」は村上信五だ。さらに1997年には、「MASK」(三浦、秋山、鈴木、国分)、「TOKYO」(滝沢、小原、川野、米花、大坂)、「MAIN」(松本、相葉、生田、二宮)など……ジャニー氏は、この手のユニット名に凝りだしていく。

 そして2000年代以降は、「K.K.Kity」、「Ya-Ya-yah」、「H is H」、「mint」と、メンバーの頭文字系がさらに増加。亀梨和也、赤西仁、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一による「KAT-TUN」、北山宏光 千賀健永 宮田俊哉 横尾渉 藤ヶ谷太輔 玉森裕太、二階堂高嗣の「Kis-My-Ft2」もこの流れだ。

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1982年に東宝製作で公開された映画『ハイティーン・ブギ』のパンフレット。出演は田原俊彦、野村義男、近藤真彦のたのきんトリオ。

【傾向3】関西系ユニットにはそれをアピールするワードが付けられがち

「関西ジャニーズJr.」のメンバーを中心に、関西地方出身者によるユニットには、そのことをアピールする言葉を入れ込むことが多い。

 元祖は「KinKi Kids」。現役ユニットではほかに「ジャニーズWEST」があり、ジャニーズJr.内で「なにわ男子」「Lil かんさい」が活動中。過去にも、「V.WEST」 「7 WEST」「B.I.G. WEST」「Musical Academy WEST」「Shadow WEST」「関西BOYS」 「京男」「なにわ皇子」などがあった。前述の「Hi! See Me IN KYOTO」「KYOTO大原村」は、ここにも該当するだろう。

 かつて存在した「B.O.Y.S」は、“僕たち大阪ヤンキー少年”の略だとされる。

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1997年にジャニーズ・エンタテイメントより発売されたKinKi Kidsのファーストアルバム『A album』

【傾向4】A.B.CがA.B.C-Zに。なぜか「Z」にこだわりアリ

 前項ともリンクするが、近畿地方出身の2人組「KinKi Kids」は当初「KANZAI BOYA」という名称だった。“KANSAI”ではなく、“KANZAI”。SではなくZが用いられた。どうやらジャニー氏は、アルファベットの最後の文字「Z」には、なんらかの思い入れがあるようである。

 2011年に「Sexy Zone」がデビューすると、翌年には、もともと存在した「A.B.C.」をベースとした「A.B.C-Z」をデビューさせている。16代目いいとも青年隊として活動した2名には「noon boyz」の名称を与えた。また、同時期にマリウス葉、神宮寺勇太、永瀬廉、岩橋玄樹、岸優太らが在籍した「Sexy Boyz」というユニットもあった。

 なお1980年代にも、少年隊のバックバンドが「BOYZ」と命名されている。やはり、「Z」にはこだわりがあるのだろう。

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2014年にポニーキャニオンより発売されたA.B.C-Zのファーストスタジオ・アルバム『from ABC to Z』

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