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江川紹子の「事件ウオッチ」第132回

【京アニ放火事件】どんな凶悪犯であっても救護、弁護が必要なのはなぜか…江川紹子による考察

文=江川紹子/ジャーナリスト
 改めて言うまでもなく、どんな大罪を犯した者でも、弁護人をつけられる権利、裁判では十分な証人調べを行える権利は、憲法が保障している。

<刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する>
<刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する>

 こうしたルールは、いわば文明国の証しのようなもの。それに反して、弁護人抜きの裁判を求めたり、弁護人を攻撃したりするのはやめたほうがいい。この男のために、日本の憲法を破壊されたのではたまらない。

 それに、患者がどんな悪人であっても、医師は命を救おうと全力を尽くすように、弁護士もひとたび弁護人に選任されれば、被疑者・被告人のために最善を尽くすのが使命だ。

「真相は闇の中」と言わせないために


 オウム事件でも、多くは国選弁護人だったが、弁護士会は死刑が予想される被告人には、特に優秀な、刑事事件に精通した弁護士を手配した。家族から「オウム事件だけはやめてほしい」と言われ、開廷前のマスメディアによる法廷内撮影の時には席を外して映らないようにしている弁護士もいたし、顧問先が離れた、という話も聞いたこともある。それでも、多くの弁護士は誠実に弁護活動を行っていたように思う。

 ある被告人は、法廷で弁護人を罵倒したり、面会を拒んだりして手こずらせていたが、それでも弁護人たちは彼のために懸命に弁護を行っていた。

 教祖の場合は、関与した事件が多かったことから、特別に12人もの国選弁護人がつけられ、その弁護費用は4億5200万円に上った。その裁判は、一審の初公判から判決まで7年10カ月をかけ、257回の公判が開かれた。呼んだ証人は延べ522人に上る。証人尋問に要した1258時間のうち、1052時間が弁護側の尋問だった。検察側証人に対しては実に詳細な反対尋問が行われ、かつての弟子たちが事件の経緯や教祖の関わりについて詳細に語った。こうした裁判を開くには、弁護人の費用のほかにも警備など多額な経費がかかっている。

 これを「税金の無駄遣い」と批判する人もいたが、それは違う。事案の真相を少しでも解明に近づけるためのものであり、日本が法治国家としての面目を保つための必要経費だ。

 国家は、強大な刑罰権を持ち、事件によっては人の命を絶つ死刑すら行う。犯人を間違う冤罪があってはならないのはもちろん、真犯人であったとしても、適正な範囲を超えて、過重な罰が加えられてはならない。そのために弁護人が考えられる限りの論点について指摘を行い、それを踏まえて審理を行った結果だからこそ、国家の刑罰権行使は正当なものとみなされる。

 そうして多くの人と時間と経費をかけて裁判を行っても、それを見てもいない人たちが、「真相は闇の中」などと言い出すことがある。オウム事件もそうだし、秋葉原の無差別殺傷事件などでも、メディアはしばしば「今なお闇」といった表現を使う。大量無差別殺人者をヒーロー扱いする人もいる。根拠のない陰謀論が飛び交ったり、「適切な裁判が開かれずに、死刑になった」などといった非難をする人もいる。

 弁護人が被告人のために考えられるあらゆる論点について主張し、裁判で吟味がなされていればこそ、そうした風説や批判を退けることができる。

 こういう注目をされる事件だからこそなおのこと、時間はかかっても、後から問題を指摘されないような司法手続きをしてもらいたい。

 そのためには、まずは容疑者を生かすことだが、治療が奏功したとしても彼が法廷に出てくるまでには、相当の時間を要するだろう。それまでの間は、被害者・遺族や被害企業の支援、あるいはこうした事件の再発防止のために、たとえば携行缶でのガソリン購入の規制を厳しくするなどの対策を考えることに、気持ちを向けたいと思う。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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