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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

ルネサス、呉元社長はなぜ突如“辞任”? 工場生産中止による“特需”をアテにした浅知恵

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
ルネサス、呉元社長はなぜ突如“辞任”? 工場生産中止による“特需”をアテにした浅知恵の画像1
ルネサス前社長の呉文精氏(写真:ロイター/アフロ)

なぜ、このタイミングで辞任?

 ルネサス エレクトロニクスは6月25日、呉文精氏が6月30日付で社長を退任し、柴田英利氏が社長兼CEOに7月1日に就任することを発表した。呉氏は、3月の株主総会後の取締役会で社長に再任されたばかりだったため、たった3カ月での退任に「なぜこのタイミングなのか?」という疑問の声が社内外から上がっている。

 まず筆者は、次のような理由で、呉氏が半導体メーカーの社長に相応しくないと考えていた。

(1)オムロン出身の作田久男会長兼CEO、遠藤隆雄会長兼CEO、鶴丸哲哉社長兼CEOを経て、2016年6月26日に呉氏が社長兼CEOに就任したが、その後、営業利益率は低下する一方で、2019年第1四半期には、とうとう赤字に転落した(図1)。変化の速い半導体業界に対応できる社長とは思えない。

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(2)2017年2月に米半導体メーカーのインターシルを約3200憶円で買収し、2019年3月末には米Integrated Device Technology(IDT)を約7300億円で買収した。合計約1兆円の買収資金を投じているが、この2社とルネサスとのシナジー効果が理解できない。要するに、センスが悪いとしかいいようがない。

(3)約1兆円も散財する一方で、業績悪化により、2月にルネサスは従業員の5%に相当する約1000人の人員削減を決めた。人員削減する前に、なぜIDTの買収をストップしないのか理解に苦しむ。経営がちぐはぐであるといわざるを得ない(3月28日付当サイト拙著記事)。

(4)呉氏は3月20日の株主総会で、市況低迷により国内外の全13工場の生産を停止する検討を行っていると発表した。国内では、ルネサスの主力である那珂工場を中心に6工場を、5月と8月に、それぞれ1カ月停止するという。しかし、半導体工場を止めるなどというのは前代未聞で、「愚策中の愚策」であるとしかいいようがない(4月12日付EE Times Japan拙著記事)。

 以上の理由から、呉氏にはルネサスの社長の座を降りていただいたほうがいいと思っていた。とはいっても、やはり唐突な感は否めない。そのようなとき、信頼できる筋から、実は那珂工場が5月に停止しなかったという話を聞いた。そして、それが呉氏を辞任に追い込んだのではないかと推理した。

 本稿では、なぜ那珂工場が生産を止めなかったのか、それがなぜ呉氏の辞任につながると考えるのかを論じたい。

ルネサスの工場停止による“特需”とは

 一度停止した半導体工場を再立ち上げするのは大変である。そんな暴挙を行うべきではない。となると、那珂工場が生産停止しなかったのなら、良かったじゃないかと思うかもしれない。実際、半導体工場で業務を行っている社員は、無駄なエネルギーを使わずにすんだといえる。

 ところが、筆者が3月28日に当サイト、4月12日にEE Times Japanで「半導体工場を止めるなど言語道断」という記事を書いたところ、「ルネサスのコンサル(顧問だったかもしれない)」と称する人物からコンタクトがあり、「ルネサスには工場停止による“特需”があるんだよ。内情を知らない部外者からとやかく言われる筋合いはない」というようなことを言われた。筆者は、「“特需”とはなんですか?」と聞いたが、この人物は答えてくれなかった。だから、“特需”が何かは不明だった。しかし最近、その“特需”とやらが、信頼できる筋からの話で判明した。

 ルネサスは、5月と8月の工場停止により、それぞれ1カ月ずつ、約1万人の社員を帰休させる予定だった。その際、約8割の給料を支払うと報じられていた(4月25日付当サイト記事)。ここで、帰休する1万人の社員の平均年俸を600万円と仮定してみよう。月給は50万円となり、その8割は40万円である。すると、ルネサスは、仕事をしていない社員に、40万円×1万人×2カ月=80億円を払うということになる。

 ところが、信頼筋からの情報によれば、このような一時帰休の給料は、茨城県のなんらかの助成金で賄う予定だったらしい。要するに、ルネサスは経営難を、茨城県の税金を当てにして乗りきるつもりだったのである。さらに、工場を止めれば、電気、水、ガスなどの費用を数十億円、もしかしたら100億円規模でセーブできる。つまり、大雑把にいえば、工場を止めることにより、最大200億円程度の“特需”が見込まれていたということになる。

 ところが、実際には那珂工場は停止しなかった。つまり、“特需”はなかったことになる。それはなぜなのか?

那珂川が渇水し海水が遡上

 ルネサスの那珂工場は、茨城県の久慈川と那珂川に挟まれたひたちなか市にある(図2)。そして、那珂工場の工業用水は、より近い那珂川を水源にしていると思われる。この那珂川と久慈川が渇水し、海水が遡上した。

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 それが、ルネサス那珂工場が停止しなかったことにどう結び付くのか? それを検証する前に、まず地方紙の茨城新聞を引用して、渇水と海水遡上の状況を時系列的に説明する。

・2月19日(火) 茨城新聞第1面 『上流・里川から取水へ 少雨、久慈川に海水遡上』

<今冬の少雨による久慈川の流量低下に伴い、日立市の水道水確保に影響が出ている。流量が低下したことで、月2回ある大潮の時期を中心に海水が市の取水口まで遡上。塩分濃度が国の基準を上回って取水できない時間帯が発生し、貯水量が不安定になっているためだ>

・4月27日(土) 茨城新聞第23面 『水道水確保、綱渡り 少雨、貯水量一時10分の1』

<長引く少雨の影響で、日立市の水道水確保が綱渡りの状態を続けている。今週に入って、取水している久慈川の流量が急激に低下、海水遡上に伴って取水できない時間帯が長引き、貯水量は一時、通常の10分の1程度まで減少した。市は24日に急きょ、取水口下流側に海水遡上を防ぐための堰を設ける対策を取ったほか、市民に節水を呼び掛けている>

・4月27日(土) 茨城新聞第23面 『月雨量平均4割弱 那珂川で取水制限』

<那珂川、久慈川流域の4月の雨量が平年の4割弱となっているのを受け、国土交通省常陸河川国道事務所は26日、那珂川で27日正午から取水制限を始めると発表した。制限率は農業用水15%、都市用水10%で、同事務所は節水を呼び掛けている(中略)同事務所によると、昨年10月以降の那珂川と久慈川の雨量(累計)は平年の半分程度で、4月の雨量は平年の4割弱と少なく、両河川とも流量が基準を大きく下回っている。那珂川では海水が遡上し農業用水の取水が困難な場所が発生しているため、振替取水を行う”

・5月15日(水) 茨城新聞第1面 『綱渡り続く水確保』

<日立市の水道水供給に危機が忍び寄る。少雨の影響で水源とする久慈川の流量が低下し海水が遡上。繰り返し取水停止を強いられ、水道水確保は綱渡りが続く。一方で、人口減に伴う料金収入の減少は水道事業の経営を直撃。数年後の赤字転落が見込まれ、現状では老朽施設の更新もままならない>

・5月16日(木) 茨城新聞第1面 『赤字転落の瀬戸際』

<水道事業は料金収入にほぼ依存しており、給水量減に伴う料金収入の減少は水道事業経営を直撃する。料金収入で人件費や維持管理費を賄いながら留保資金を生み出し、これと企業債務(借金)で施設整備と借金返済を行うからだ>

<(日立)市は今春、水道事業の経営戦略(2019~28年度)を策定した。この中の投資・財政計画には、厳しい数字が並ぶ。通常の水道事業に関わる収益的収支は24年度に赤字に転落し、施設や配管を整備する資本的収支も25年度には資金不足に陥るとの試算だ>

・5月22日(水) 茨城新聞第25面 『取水制限を一時解除 那珂川』

<国土交通省常陸河川国道事務所は21日、那珂川の取水制限を一時的に解除したと発表した。那珂川では4月27日から取水制限を実施し、今月8日から一時的に解除。その後もまとまった降雨がなく、13日から農業用水15%、都市用水10%の取水制限を再開していた。同事務所では20日、取水制限が継続している状況などを踏まえて那珂川・久慈川渇水調整会議を開催。那珂川の取水制限について協議し、野口地点(常陸大宮市)の水位観測値が流量に換算しておおむね100立法メートルに相当する水位以上となる、塩水遡上が河口から17.5キロ地点に到達していないと判断される―等の一時解除の基準を定めていた。21日に基準を満たしたことから一時解除を決めた>

 少雨の影響で、久慈川と那珂川が渇水し、海水が遡上して、取水制限をする事態となったが、日立市やひたちなか市が大変な状況になっていることがご理解できたものと思う。では、この渇水や海水遡上による取水制限と、ルネサスの工場停止がどう関係しているのか?

ルネサスの“特需”が消滅したわけ

 ルネサスは、5月と8月に、それぞれ1カ月工場を停止し、1万人の社員を帰休させる予定にしていた。その際の8割の給料を茨城県の税金を当てにしていた。これが、ルネサスにとっての“特需”だったわけだ。

 ところが、工場を止める直前の4月27日に、那珂川の取水制限が始まった。その結果、茨城新聞で示した通り、<那珂川では海水が遡上し農業用水の取水が困難な場所が発生しているため、振替取水を行う>など、茨城県は想定外の出費を強いられることになった。それだけでなく、今後の水道事業を展望すると、赤字転落の危機的状況に陥ってしまった。

 ここまでが事実で、以下が筆者の推測である。茨城県にとっては、経営難のルネサスの一時帰休社員の給料を税金で補てんする等という余裕はもはやなくなってしまったのではないか。茨城県は、その税金を一企業の救済に使うのではなく、茨城県民の水道水確保や農業用水の振替取水にこそ使うべきだという判断をしたのではないか。その結果、ルネサスが当てにしていた“特需”は消滅したものと考えられる。

呉氏が社長を辞任したわけ

 筆者の推理は次の通りである。日本興業銀行(現みずほ銀行)出身の呉氏は、机上計算で、半導体工場を停止すれば、電気、水、ガスなどの費用を数十億円、もしかしたら100億円規模でセーブできると算出した。次に茨城県と交渉して、工場停止に伴う一時帰休社員の給料の補助を取り付けた。元銀行員だから、こうした交渉は得意だったのかもしれない。そして、工場を停止すれば“特需”があるというシナリオを描いた。

 ところが、少雨により久慈川と那珂川が渇水し、海水が遡上して、取水制限が起きる事態となり、茨城県は生活用水や農業用水の確保に税金を使うことを優先し、ルネサスに補助金を出す余裕がなくなった。つまり、“特需”は雲散霧消し、呉氏の描いたシナリオは“絵に描いた餅”と化した。

 その結果、ルネサスが諮問機関として設置している指名委員会が、「足元の業績悪化および2016年度に設定した中期的に目標とする財務指標との乖離(かいり)が大きくなっていること」(ルネサスの6月25日付ニュースリリース)を挙げて、呉氏の責任を追及し、呉氏は辞任せざるを得ない状況になったのではないか。

 以上はあくまで筆者の推理だが、結局、人間の浅知恵など、自然災害には勝てないということであろう。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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