2013年にリスボンで開催された国際層序委員会において、マーチン・ヘッド教授が第四紀層序小委員会の委員長に就任すると、2015年7月の国際第四紀学連合名古屋大会を目処に、GSSPの候補地選出の動きが本格的に始動した。この時点で、イタリアの2チームはGSSPの提案書に必要な準備はすでにできていたが、日本チームはまだまだ準備不足の状況であった。

 マーチン・ヘッド委員長は日本側に研究チームを再編成し、2015年の名古屋大会までに必要なデータを査読つき国際誌上で発表するよう指示。これを受けて2013年10月、岡田誠茨城大学理学部教授、その教え子である菅沼悠介国立極地研究所准教授(当時は助教)らを中心とした新チームが結成された。楡井氏はその新チームによる継続調査にも、All Japanの一員として協力してきたが、それがなぜ一転して“裏切り者”となる道を選んだのだろうか。

「僕は会津出身ですから“ならぬことはならぬものです”(会津藩校日新館『什の掟(じゅうのおきて)』)で、嘘つきは嫌いです。科学の道も武士道と同じですよ。地質の時代区分の国際標準模式地は1ルートで設定するのが基本なんです。2ルートのデータを1ルートのようにしちゃダメ。日本の歴史だって1本でしょ。途中がわからないからといって、そこに中国の歴史を持ってきたらまずいでしょ。すべては2015年の夏に始まったんです」と、楡井氏は語り出した。

「2015年の夏」というのは、2015年7月27日から名古屋で開催された国際第四紀学連合第19回大会の一環として、8月3日と4日に行われた国内外の研究者やGSSPの審査委員の一部も参加した養老川河岸の千葉セクション国際巡検のことを指す。こうした巡検(現地見学)は国際大会の際の恒例行事で、しかも巡検先は更新世・前期中期境界のGSSP候補地の千葉セクションだけに大きなイベントだった。

「この巡検の場で他の場所のデータを貼り付けて説明するという科学倫理違反行為が行われました。それを国際的に明らかにしたのですが、岡田さんたちはこの『疑義』の内容について『科学倫理の問題』であるとは一言も言っていません。倫理問題のことは触れられたくないのです」(楡井氏)

 養老川河岸の崖にある田淵の露頭には、古期御嶽山(現在の御嶽山ができる前にほぼ同じ場所にあった火山)が過去に噴火した際に堆積した厚さ数センチの白い白尾火山灰層(Byk-E)が1本の線として明瞭に観察できる。このあたりから下の地層が約78.1万年前より以前に地磁気が今とは逆向きになっていた痕跡が残る地層で、上の地層は地磁気が今と同じ向きになっていた痕跡が残る地層なので、その境界付近のByk-E前後で地磁気方向の移り変わりが起こった地層関係がしっかりと示されればいい。

 そのためには、露頭からサンプルを採取して、地磁気が逆転していた点、地磁気が元に戻ったあとの点、そのどちらでもない中間の点、その3つが一連の地層の中で確認できることを科学的に証明する必要がある。それが証明できれば、Byk-Eから上の約12.6万年前までの更新世中期の空白の地質時代が「チバニアン」と命名される。同様の地層の候補地として、ほかにイタリアに2カ所あり、そちらに決まれば「イオニアン」と命名されるが、いずれにも決定されない場合もある。

「我々は1991年に国際第四紀学連合層序委員長のリッチモンド博士を養老川露頭へ地質案内した時から、古地磁気の逆転の移り変わりの状況を解釈抜きで、つまり古地磁気の測定データ(交流消磁法)で一目でわかるように、逆転を示した測定点を赤い札などで表示してきました。2015年の時も同じように色別の杭を試料採取孔に打ち込んで示すために、岡田教授に計測済みの古地磁気データを提供してもらいました。データは表としてのみメールで来たのですが、なんか変な文面だったんですよ。『田淵ではByk-Eより50cm上位までしか測っていませんが、ダミーの孔を開けてあるのでyanagawaのデータを使って極性の色をつけてください』というものでした。それが6月22日です。

 学生を指導する大学教授がねつ造をあからさまに指示するとは考えられず、当時すでに古地磁気の試料採取孔は空いていたので、巡検当日には古地磁気測定用に採取した孔の測定データを説明するはずと思い、メールの指示に従い色テープを試料採取孔の横に貼りました。地磁気の逆磁極データは赤、正磁極データは緑、中間データは黄色のテープです。それを貼ったのが2015年6月26日で、指示通りに色別表示杭を試料採取孔に打ち込んだのは7月23日でした。大会が始まると私も名古屋の会場に行って、露頭全体が写った写真を見せて色別表示杭について菅沼助教に確認してもらったところ、一部の杭の色の変更を指示されたのです。それが7月29日でした。 

 田淵の露頭現場では、その指示通りに杭を打つことを再確認し、打ち直す前に確認のため岡田教授の携帯に電話したのですが繋がらなかった。それで、名古屋会場の菅沼助教の携帯に電話して確認したところ、『29日の指示通りで問題ない。岡田教授と確認もとれている』とのことでした。それで我々は7月30日夕刻、菅沼助教の指示通り露頭に色別の表示杭を打ち直しました。その送られてきたデータがまさか田淵から1.7キロ離れた柳川セクションのデータを含んでいたとは思いもしませんでした。結果的に色別表示杭はきれいに下から赤、黄、緑の順番に並んだのです」(楡井氏)

「チバニアン」めぐり地質学者同士が泥沼論争…「データのねつ造、改ざん、盗掘」が争点の画像2

データのねつ造・改ざんを疑うようになった経緯

 8月4日の巡検では、楡井氏らが打ち込んだ色別表示杭を使って菅沼・岡田氏らが説明を行ったが、楡井氏はその際、参加していた国内の古地磁気専門家が「この3色一列は下から順にきれいに合わせてしまったのでは?」と日本語でつぶやいた声を耳にして、これはデータの改ざんが行われたのではないかと疑い、8月15日、日本側の国際層序委員だった大阪市立大学の熊井久雄名誉教授に報告した。その結果、8月24日、立川の国立極地研究所に国際巡検の主要メンバーを招集し聞き取り調査が行われ、楡井氏はそこで初めて、柳川セクションのデータが貼り付けられたことを知った。それで、古地磁気データ表示の指示の中にねつ造と改ざんの両者が含まれていたことを認識したという。

その会合には審査委員会である第四紀層序小委員会の委員長で、カナダ州立ブロック大学のマーチン・ヘッド教授も同席していた。岡田、菅沼両氏や学術会議関係者を含む参加者は以下の2点について合意した。

(1)岡田、菅沼両者が田淵露頭での古地磁気測定結果の説明の際、露頭での色別杭による極性表示において、上部の未測定部分にほかの露頭(柳川)での測定データを貼り付けたものであったこと、そしてその点を説明せず、データ全部が田淵露頭からのものであると参加者に説明したことを、この国際巡検の報告とともに国際第四紀学連合のニュース紙に投稿する。

(2)岡田、菅沼両者はByk-Eの上位55cmから上について田淵露頭で再度試料を採取し測定し直す。

上記2つの合意内容については、熊井久雄名誉教授が同席したマーチン・ヘッド教授に示し、ヘッド教授も含めた合意だったという。岡田教授になぜ未測定だったのかを聞いた。

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