「2015年8月は、Byk-Eの上位50㎝付近までは田淵でやったんですが、田淵は露頭の高さが限られていたので、そこから上6mまでは柳川を使いました。サンプリングしたのは2013年ですが、一通りデータも測って論文も書いたのです。その後、2014年の夏にジオパーク側の人に言われて、現地でも説明があるから試料を採取しておいたほうがいいというのでサンプリングはしたんですが、その測定は我々の中での優先順位が低かったんです。すでにM-B境界の地磁気データが出ている状態で、論文も投稿間際でした。私もGSSPの申請なんて初めてのことですし、申請書作成のため提出が必要なデータが他にたくさんあったからです。

 有孔虫という1㎜以下の原生生物の死骸の微化石の酸素同位体比データを詳細に出すことが申請には必須だったのですが、有孔虫の殻は0.1㎜と小さく、岩石から取り出すのにものすごく時間かがかかるので、それを優先したんです。それで、地磁気測定用に採った試料をしばらく湿った状態で放置してしまったのです。湿った状態で放置すると風化して茶色く変色してしまいます。数カ月後に見ると完全に変色しており、同じ条件で磁化成分を取り出すことができないため測るのをやめたんです。それでデータが出ずに残った孔を『ダミー』と称してしまったんですが、誤解を与える表現でした。その後、2015年の秋から2016年にかけて田淵の壁面全域を含め、さらに広範囲で再サンプリングして、より優れた手法(熱消磁法と交流消磁法)で古地磁気測定を行いました。その結果を、私が論文を書いて投稿しています」

 これに対し、楡井氏はこう反論する。

「千葉セクションで最初に試料採取の孔を開けたのは2013年9月13日です。そのときはByk-Eの上45㎝から下方に向けてで、その後、2015年2月28日に今度はByk-Eの上55㎝から上方に向けて追加で試料採取されたのを確認しています。それなのに、なぜGSSP申請予定の試料を測定していないのか。サンプルを採取したらすぐ測定するのが当然ですよね。なぜ半年以上も測定しなかったんでしょうか? 実質的には前年イタリアで行われたGSSPの国際巡検を受けての巡検だったので、古地磁気の測定結果を現地巡検参加者に分かり易くするために色別の杭表示をしようというのは、2015年春のAII Japanの研究者会議の時に全員合意しています。

 岡田教授たちは、論文を基に杭の打ち直しを指示したと言っているのですが、その論文が田淵のデータでない部分を含んでいたんです。異なる場所のデータの貼り付けを指示し、それを用いてこの場所のデータとして説明した事実は、どのような言い訳をしても消えません。倫理問題に触れたしっかりした謝罪も反省もありませんでした。これでは科学者としての資格が無いのではないでしょうか? 論文には柳川だと書いてあると言いますが、そのデータは主論文にはなく、インターネットからアペンディックス(付録)を探さないと見られないものだったのです」

 岡田教授はこう説明する。

「2015年の2月2日の全体会議では、田淵の露頭で(杭を含む)表示をしない事で楡井氏を含めチーム内で合意していました。その後、4月13日と5月26日に全体会議を行いましたが、杭表示の話は一切出ていません。議事録はその都度チーム全員に配信していますので、これはチームとしての共有事項です。ところが、6月になり楡井氏のほうから色で識別した杭を打ちたいと突然言ってきたんです。そこで当時の最新論文で公表されていたデータをメールで送りました。論文では付録の図でデータ採取場所も全て公表されているので、当然どのデータが柳川だとも書いてあるんです。

 それらはネット経由で世界中からアクセス可能です。それで、データがねつ造だとか言われても、論文に書いてあるとしか言いようがないんです。彼らの作業工程上、孔の縁に最初に渡したデータを基に色別テープを貼っていたみたいです。しかし、彼らが用意した説明文がデータ説明としては不正確だったので、そのあとで私と菅沼さんで話して、菅沼さんの論文での記述に従って色付けをしてくださいと頼み直したんです。

 メールで『はい、わかりました』と返ってきたので、そうなっているのかと思ったら元のままの杭の配列だったので、打ち直してもらったら、それが改ざんだと言っているんです。誰かがデータを改ざんしたみたいに表現しているんですが、それは僕らが『論文記述に従って打ち直してください』と頼んだからです。論文記述に沿うよう修正をお願いしたことを『改ざん』と主張し続けているんですよ。とにかく、楡井氏は2015年の夏の段階で全てが固定されて、それ以上の事実を頭に入れないようにしているんです」

 そう、この騒動は「2015年の夏」をめぐる騒動なのである。2015年8月4日の国際巡検の際、色別識別杭で表示した千葉セクションのデータは、Byk-Eの上50㎝以上は未測定だった。その部分のデータとして提供されたのは、田淵から1.7㎞先にある柳川セクションのデータだった。そして、論文に書かれていたとはいえ、その事実を国際巡検の参加者たちに説明せず、あたかも田淵のデータであるかのように説明してしまったこと。それは科学倫理に照らしてアウトなのかセーフなのか? それがチバニアン騒動のすべてである。

 楡井氏の判定はその時点ですでに「アウト」。ゆえに、その後の再測定でどんなデータが出ようと、それは認められないというものだ。

 一方の岡田教授の判定は、現場で説明しなかったのは事実だが、それについても修正説明をしているので「セーフ」。その後、新たに試料を採取して再測定を行ったうえ、その論文も2017年に提出している。さらに、巡検とGSSP申請には直接の関係はない。したがって、GSSP申請に何ら問題はないというものだ。

なぜ地権者に無許可で試料採取したのか

「チバニアン」めぐり地質学者同士が泥沼論争…「データのねつ造、改ざん、盗掘」が争点の画像3

 楡井氏の主張はこうだ。

「昨年6月に無許可での大規模盗掘が発覚したんです。盗掘した試料から得られたデータなんて絶対に認められませんよ。科学者なのに、なぜそんなこともわからないのか。市原市の許可を得たと言うけれど、地権者でもない市原市がなぜ許可できるんですか。彼らは試料採取計画がずさんだったんじゃないでしょうか。国際巡検の後、千葉セクションから60m離れた養老-田淵セクションで試料を採取し、測定したら古地磁気のいいデータが取れた。もう柳川セクションのデータは必要なくなったんですが、養老-田淵のデータはByk-Eの上2mから始まり、この上部しか測定していなかった。地磁気の極性が変わる肝心な部分の連続的な測定が一つの露頭で行われていないことを、イタリアチームか審査委員側に岡田氏たちはつつかれたのでしょう。だから、彼らはどうしても試料を採取して測定する必要があった。盗掘現場の写真ともぴったり一致します。実はイタリアの候補地の一つも地層ルートは複数。日本のルートも複数なのでそこを突かれたんだと思います」

 岡田教授の説明はこうだ。

「昨年5月下旬に現地でサンプリングしたのは、千葉セクションから60m離れた隣接する沢です。Byk-Eの上2mから上位のデータはすでに得られていました。1次審査の時に、両セクションの間に不連続があるのではないかという質問がきていたので、2次審査ではその質問に答える必要がありました。そこで隣接する沢でByk-Eの所から新たにデータをとり、両者の間をオーバーラップさせることで不連続がないことを示したのです。試料を採取する際、市原市に『権利上、問題のないところで採取したい』とお願いしたところ、『市が管理する水路部分なら問題ないです』というので、市の職員の同行のもとで採取したのですが、あとから民有地に入っていたことがわかり、市も私も地権者に謝罪しています」

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