楡井氏が借地権を設定した理由

「市原市の天然記念物の委員会の委員長は岡田教授ですからね。市のものになれば、自分のごまかしを消せるわけです。それまで、我々は地元の方々と仲良くやってきて、試料採取や管理も従来からの地権者との協力関係から、我々が地権者の許可を得るかたちでやってきたんです。自然の流れとして、それまで暗黙の了解であった土地の利用に関しても、地権者と私たちとの間で文書化することになりました。昨年7月に賃借料も支払うことになりました。このことは、その後の経過を見ると、ねつ造・改ざんの証拠の隠滅を防ぐことに役立っています。そういうごまかしの証拠隠滅を防ぎ、今後の科学のねつ造・改ざんの予防のための反面教師として、国民に知らせることが重要と考えています。広島の原爆ドームを残すのと同じです。“ごまかしの壁”でも、“データ改ざんの壁”でもいいので、現場を残したかった。ちなみに、現在も一般見学者の立ち入りは自由です。

 私は、GSSPにも係わる基礎地質学のほかに地震時の液状化、人工地層、地質汚染科学の研究が専門なので、ねつ造とか改ざんは困るのです。現地で真剣に議論するときに地層データの貼り付けが許されたら、建築や土木の構造物を作る関係業界、高レベル処分場の立地の検討、汚染された土地・地下水・地質の浄化、ましてやそれらを生活に使う国民は大変な迷惑ですよ。それもあって妥協できないんです。我々に無許可で行った試料の盗掘も警察に届けてあります。無許可で取ったサンプルのデータは科学的に認められませんからね。この実態は海外にも全部知らせている。それなのに、気付かない振りをしている日本地質学会も地球電磁気・地球惑星圏学会もみんな熱に浮かされているとしか思えない。日本学術会議も自浄作用が欠如しているのではないですか」(楡井氏)

 岡田教授はどうしてこんなことになったのか、首をかしげる。

「なぜこうなったのか、根が深いんだと思います。楡井氏にとって、GSSPの話もジオパークに利用できる駒のひとつだったんでしょうね。自分がその権益を確保したかったが、天然記念物になると市原市のものになってしまうので、それをなんとしても潰したいんでしょう。2016年の3月か4月から明確に方針転換がはじまって、それから妨害活動を開始してきたんですが、僕らは何もわかっていなかったんです。

 楡井氏からは『地元の人が怒っているから現場には近づくな』とずっと言われていたんです。2016年10月までは、地元と我々とのやりとりは、楡井氏を仲介するよう命じられていたのですが、これも後から考えればおかしな話です。その後、市原市を介して田淵町会の方々と初めて接触したら、GSSP申請に反対している方は一人もいないことがわかったのです。こんなことのために試料採取が半年滞り、申請準備が大きく阻害されてしまった。これらも妨害活動の一環だったんだと、私たちは後になってようやくわかったんです」(岡田氏)

 チバニアンの地元である田淵町会(130世帯)の住民は今回の騒動をどう見ているのか。

なかには「科学的な決着をつけてほしい」と、楡井氏に賛同する住民もいるという。そこで町会の広報担当者に話を聞いた。

「町会全体で楡井先生に協力していたというより、そのときどきの役員や町会長が個人的に協力していたようです。古い方たちは楡井先生に対して、あの人があれだけ反対するんだから、何か理由があるはずだと思っている人もいます。でも、岡田先生に初めてお会いしたとき、『地元には近づくな』と楡井先生に言われていたと聞いて驚きました。田淵町会はチバニアンを認定してほしいという立場なので、今は楡井先生のグループとは一線を画している状態です。

土地に関してもチバニアンではなく、天然記念物に指定されたことに伴う買収で、町会に住む地権者で反対している人はひとりもいません。現在は役員会で最新の声明文を出したばかりです。田淵町会はチバニアンの認定が3次審査できちんとした学問的な評価を受けて通過することを強く望んでおり、関係各位にはそのための協力をお願いしたいというものです」

この問題はどこへ向かおうとしているのか

 岡田教授は昨年11月の2次審査の投票結果が、22人中賛成が19票だったこともあり、科学的疑義はすでに晴れていると主張。一方の楡井氏はねつ造、改ざん、盗掘は事実との態度を崩さない。いずれにしろ、ここまで来ると両者の歩み寄りは難しそうだ。今後はどうなるのか。両者の見解を聞いた。

「このままだと世界の地質学に迷惑がかかります。千葉県だって迷惑ですよ。科学者は正直でないとダメです。それが成果主義で変わってしまった。本当のことを言えば、僕だってずっとやってきたわけだから、本音はGSSPが欲しかった。でも、嘘までついたらダメだと言うことです。科学の道は厳しいものです。いつの間にか科学倫理の話が不動産の話になっているわけです。責任をすべて僕にかぶせて白紙にするシナリオかもしれないですね。その可能性もあります。市原市の小出市長には、私もすでに手紙を書いて出しましたが、市原市という行政機構を巻き込んで、強引にGSSP審査を押し通そうとする姿勢は批判されるべきだと思います」(楡井氏)

「勘違いと思い込みによる『ねつ造・改ざん』主張も含め、今後、関連学会や国際機関が相手にすることはありません。それでもアクセスの自由が保証されないと申請できないのです。今は市原市がいろいろ工夫して探っているところなので、とにかく『自由な立ち入りと試料採取』が保証された申請書を今年の9月までに出したい。小出市長のもと、市原市がやってくれると信じています」(岡田教授)

 先月24日、さっそく動きがあった。市原市の小出譲治市長が緊急記者会見を行い、土地の所有者や賃借権者らに対し、正当な理由なく研究者の立ち入りを妨げてはならないことを定める条例の制定を目指す考えを示したのである。会見で示されたのは(1)天然記念物に指定された地層の保存と活用(見学等)のための保存活用計画と整備基本計画の策定、(2)一般の見学者向けにパネルや映像を使った解説を行う仮設ガイダンス施設の建設、(3)国内外の研究者の要望に応えるため、現地への立ち入りを保証する条例の制定、の3つである。

 天然記念物に指定された土地は36区画で計2万8500平米(約8636坪)だが、楡井氏が賃借権を登記した土地はそのうちの155平米(約47坪)。制定を目指す市原市の条例は地層全体の2万8500平米がその対象となる。条例が制定されても、賃借権を登記された土地での試料採取はNGだが、そこを通らないと行けない別の場所での研究や試料採取が目的であれば、条例で通行権を保証しようというのが狙いだ。

 この条例制定が解決策となることを望みたいが、今後は法律論議に発展する可能性もゼロとは言い切れない。長らく傍観者だった市原市が、ようやくチバニアン推進に向けて舵を切ったことで、これまで楡井氏が突きつけていた矛先が、今度は市原市にも向けられることになる。事態の収拾までにはまだひと波乱もふた波乱もありそうだ。また、あの夏から4年目の夏が巡ってくる。
(文=兜森衛)

関連記事