篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシックオーケストラ奏者の過酷な労働事情…3週間休みなしの楽員も!

ドイツ語圏の“細かすぎる”ルール設定

 他方、ドイツやオーストリアのオーケストラの場合、結構自由に休みを取ることができるそうです。ただ、そこも経済感覚がしっかりとしているドイツ語圏です。休む楽員自身が、エキストラを雇うお金を支払うのです。あるオーケストラを例にとると、リハーサル1回、コンサート1回につき、それぞれ50ユーロ(約6000円)を支払うルールです。つまり、ひとつのコンサートに対して、午前・午後の2回リハを3日間、本番前の総練習、コンサートを加えれば、400ユーロ(約4万8000円)をエキストラに支払えば、ほかに良い条件の仕事を入れたり、地中海へ家族とバカンスに行くことができます。

 ところが、出し惜しみをする楽員が出てきて、なかには1回当たり35ユーロしか払わない人も現れたのです。トラブルが続出したため、オーケストラ事務局が乗り出しました。その結果、年間労働日数から休む日数の割合を計算し、楽員の年収からその割合分をエキストラに渡すことになったそうです。

 今まで50ユーロで済んでいたのに、年棒の高い楽員ともなれば倍の100ユーロも払う羽目になってしまったのです。そうすると、ひとつのコンサートを休むために、800ユーロ、つまり10万円近くも支払うことになったわけで、楽員は「そう簡単に休めなくなった」とこぼしているそうです。

 ドイツ語圏では“降り番”の奏者も、「呼び出されたら1時間以内に会場に来られる場所で待機するように」という契約条項があります。降り番というのは、曲目の都合で出番がカットされることです。オーケストラは、曲によって少ない楽器数で演奏するプログラムがあります。たとえば、モーツァルトの名曲『交響曲第41番 ジュピター』などは、フルート奏者が1人しか必要ではありません。つまり、フルートの二番奏者とっては、嬉しい臨時のお休みとなるのです。

 降り番となった奏者は、「暇になったから、ほかの仕事を入れて稼ごう」「スキーに行こう」と考えたくなりますが、ドイツ語圏ではそうはいかないのです。出番がないとはいえ、あくまでも仕事中とされ、いわば「自宅待機」です。たとえば、急に一番奏者が高熱を出して演奏できなくなったら、すぐに駆け付けなくてはならないのです。

 ドイツ語圏はルールが細かいですね。この3連休の8月11日は「山の日」ですが、実は僕も含めて山登りが好きな音楽家は、海外も含めて少なくありません。ユニークな例として、美しいオーストリア・アルプスが間近にそびえ、モーツァルトが生まれたザルツブルクのオーケストラでは、「指揮者およびコンサートマスターは、本番の48時間前から山登りをしてはならない」という契約まであるそうです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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