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殺人事件の被害者報道をめぐっては、これまでも議論が繰り返されてきた。国は2005年に策定した犯罪被害者等基本計画で、被害者等の名前について「警察は,犯罪被害者の匿名発表を望む意見とマスコミの実名発表の要望を踏まえ,プライバシーや公益性などを総合的に勘案しつつ,個別具体的な案件ごとに適切な発表内容となるよう配慮していく」と定めた。しかしこれに対して、日本新聞協会と日本民間放送連盟は反発。以下の共同声明を出している。
「匿名発表では、被害者やその周辺取材が困難になり、警察に都合の悪いことが隠される恐れもある。私たちは、正確で客観的な取材、検証、報道で、国民の知る権利に応えるという使命を果たすため、被害者の発表は実名でなければならないと考える」
こうした報道各社と警察の論争の渦中で取材現場にも動揺が広がっている。
前出の社会部記者はこう漏らす。
「警察が実名で発表することと、その発表された身元を紙面や電波に流して不特定多数に知らしめることは別な気もします。警察の捏造や隠ぺいを防ぐためだというなら、私たちが事実を検証すればいいだけです。遺族が望まないのに大っぴらに名前を出すことに違和感を覚えている若い記者は多いですよ」
犠牲者の氏名を遺族の許可なく公開することは違法なのか。弁護士法人ALG&Associates執行役員の山岸純弁護士は次のように解説する。
山岸弁護士の解説
この問題は、死者の名誉・プライバシーという法学上の論点を考えなければなりません。まず、名誉毀損罪について規定している刑法230条2項は「死者に対する名誉毀損は、表現した内容が、客観的に虚偽である場合にのみ成立する」と定めています。
このため、名誉に関して言えば、犠牲者の氏名公表について遺族の許可が必要かどうかは関係なさそうです。
次に、プライバシーについてですが、「プライバシー」とは、氏名などの個人情報を自分で管理する(勝手に公表されない、知らないところで使われない、一定範囲の人に知られない)権利を意味するのですが、この「氏名」などを「個人情報」という観点から検討します。
「個人情報」の取扱いについて規定する「個人情報保護法」では、「個人情報」を「生存する個人に関する情報」と定義しています。
このため、犠牲者にとって氏名を公表されるか、されないかについては遺族の感情も含めて保護されないという結論となります(違法行為でもなく、刑罰もない)。
しかし、これでは遺族が納得しません。
遺族には「死者を敬虔する感情」があり、これらが法的な保護に値することは当たり前です。したがって、「亡くなった子どもなどの氏名を公表したりせず、静かにしておいて欲しい」という感情は理解できます。