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日本総研・池本美香氏に聞く「幼保無償化」の問題点【後編】

10月実施「保育園無償化」は、子どもの人権に配慮ナシの穴だらけ施策…保育の質の確保を

構成=有馬ゆえ
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2019年4月9日、衆議院本会議で幼児教育・保育の無償化を実施するための「子ども・子育て支援法改正案」が可決され拍手する安倍晋三首相(写真右)(写真:毎日新聞社/アフロ)

 この10月、乳幼児子育て世代にとっては非常に大きな、ある行政施策の大転換が行われる。いわゆる“幼保無償化”と呼ばれる、幼児教育・保育の無償化だ。10月といえば、消費税10%引き上げのタイミング。この幼保無償化に伴う必要負担は、国と自治体とで7000億円超とされ、まさに消費増税に伴う増収分があてられることとなっている。

 幼保無償化はもともと安倍晋三政権の看板政策のひとつであり、今年2月、この無償化を可能とする子ども・子育て支援法改正案を閣議決定。4月には衆議院、5月には参議院をそれぞれ通過し、成立した。300万人が恩恵を受けるともされるこの施策にはしかし、根強い批判の声も多い。

 政府は、「生涯にわたる人格形成の基礎を培う幼児教育の重要性」があればこそ、幼保無償化を実施するとしている。しかし、「子どものためを思っているようで、子どもの人権への配慮が足りない」と話すのは、日本総合研究所の主任研究員で、少子化・女性政策が専門の池本美香氏だ。

 一見すると、子育て世代に対する月間数万円単位の“オトクな補助”のように見える、今回の幼保無償化。にもかかわらず、なぜ「子どもの人権への配慮が足りない」のか? 2回にわたって池本氏に話を聞く本企画。今回はその【後編】をお送りする。

【前編はこちら

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池本美香(いけもと・みか)
1989年に日本女子大学文学部卒業、三井銀行に入行。三井銀総合研究所出向を経て、2001年より日本総合研究所調査部主任研究員に。専門は、子ども・女性政策(保育、教育、労働、社会保障等)。著作に、『失われる子育ての時間―少子化社会脱出への道』(2003年、勁草書房)などがある。

「無償化」とは名ばかり……対象世帯の「線引き」は問題含み

 2019年10月に実施予定の幼保無償化。その対象となったのは、3~5歳児がいる全世帯と、0~2歳児がいる住民税非課税の低所得世帯だ。とはいえ、その仕組みは少々複雑だ。

 まず3~5歳児がいる世帯に関しては、認可保育所や認定こども園などの利用料は、世帯所得にかかわらず完全無料に。一方、認可外保育施設、ベビーシッター、ベビーホテルといった認可外保育サービスは月3万7000円、幼稚園の預かり保育は月3万7000円(預かり保育なしの場合は月2万5700円)を上限として補助の対象となるとされている。

 0~2歳児がいる世帯に関しては、住民税が非課税の低所得世帯であれば対象になる。対象となった場合、認可保育所や認定こども園などの利用料は完全無料、認可外保育サービスの利用料は月4万2000円を上限に補助の対象に。なお、いずれのケースにおいても、延長保育代や通園送迎費、食材費などは補助の対象外だ。

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――5月に可決した幼保無償化案では、対象となる世帯が公表されました。これは妥当だといえるのでしょうか?

池本美香 そうとはいい難いと考えています。問題点は大きく2つ。1点目は、3歳未満児への支援の手薄さです。3歳未満児のいる世帯は、住民税非課税の世帯以外、無償化の対象になりません。

 一般に、認可保育所の0~2歳児は、3歳以上児よりも保育料が高く設定されています。3歳未満児の場合、3歳以上児より多く保育士を配置しなければならず、1人あたりの保育コストがかかるためです。

――認可保育所の場合、国の基準では、0歳児は3人につき保育士が1人、1〜2歳児は6人につき1人、3歳児は20人に1人、4〜5歳児は30人に1人とされていますね。

池本美香 認可保育所に入れなかったいわゆる待機児童の約9割は3歳未満児で、その多くは仕方なく認可外でのサービスを受けているといわれています。となると無償化が実施された場合、認可外のほうが負担額は大きいのに、認可外のほうが補助に制限があることになってしまう。

 つまり、保育料負担の軽減を目的にしているのにもかかわらず、負担の大きい3歳未満児のいる世帯のほうが、給付対象・給付額の両面で無償化の恩恵にあずかりにくい、という逆転現象が起きてしまうわけです。

 2点目の問題点は、保育サービスを受けていない世帯への支援にはならないところでしょうか。

 近年、専業主婦(夫)家庭の保護者の孤立、児童虐待問題が注目を集めていますよね。しかし、今回の施策はあくまでも「保育サービスの無償化ないし負担軽減」を目的としているため、保育サービスを利用していないことが多い専業主婦(夫)世帯は、支援の対象から外れることとなってしまう。しかし乳児がいる専業主婦(夫)世帯こそ密室育児になりやすく、支援が必要なケースが多いわけで、ここでも困った逆転現象が起きてしまいます。これは非常に大きな問題をはらんでいると思います。

 子育て支援は、すべての保護者に対して提供されるべきです。社会的な問題を解決するためには、単なる無償化のみならず、保護者がリフレッシュしたり求職活動をしたりするための支援だって必要ですよね。

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「Getty Images」より

十把一絡げに補助の対象とするのは乱暴

――確かに、保育園や幼稚園、その他の保育サービスを受けていない世帯にとっては、今回の幼保無償化はまったく関係ないハナシ、ですね……。

池本美香 ええ。そもそも私は、保育施設の類型のみによって補助金額の線引きをすべきではないと考えています。「無償化」といいつつ、認可保育所は料金が完全無料化するのに対し、その他の施設には補助金の上限が設けられてしまっている。

 本来ならば、補助が出るか出ないかの線引きは、「質の高い保育を提供する施設かどうか」で行われるべきだと思うんです。しかし日本には、諸外国のように“保育の質”を担保するための評価機関が存在しないため、同じ類型だからといって“質”の面でも同じレベル……と一概にはいいづらい状況があります。

 特に認可外保育サービスは、質に関しては玉石混交。“認可”の枠に収まりきらない独自教育をあえて提供するために認可外を選んでいる質の高い施設がある一方で、問題のある施設もまた多い。厚労省の発表によれば、2016年度の立ち入り調査では、認可外保育施設のうち44.6%が国の指導基準を満たしていなかったといいます。十把一絡げに補助の対象とするのは乱暴でしょう。

子どものみならず、人権そのものへの意識が低い日本

――【前編】のインタビューで池本さんは、今回の無償化の構造的な問題について、「待機児童や保育士不足など保育の現場の問題を解決していないこと」「保育施設の質の保証が後回しになっていること」「主に高所得者層が恩恵を受けてしまう制度設計になっていること」の3点も挙げられました。先ほど指摘された問題を含め、今回の無償化がこうして“穴”だらけなのはなぜだと思われますか?

池本美香 日本の制度改革が、「少子化対策」「女性活躍」に引っ張られてしまい、「子どもにとってよりよい保育とは何か」という視点が抜け落ちているからではないでしょうか。日本では、子どもの人権が無視され続けているのです。

 1989年、平成の始まった年に、国連で通称「子どもの権利条約」(「児童の権利に関する条約」)が採択されました。これは、医療、教育、生活への支援の保障、子どもの利益の最優先、子どもの意見の尊重、差別禁止など、18歳未満の子どもの権利を包括的にまとめた国際条約。現在、196の国や地域で締結されており、日本も1994年に批准国になっています。

 日本は、国連から子どもの権利に関して勧告を受け続けています。たとえば2019年2月にも、多岐にわたる勧告を受け、なかでも差別の禁止、子どもの意見の尊重、体罰などに対して緊急措置を執るべきといわれています。こうした状況は先進諸国のなかでは珍しく、大きく後れを取っていると言わざるを得ません。

――海外では、子どもの権利条約にのっとった制度改革が進められているということなのですね。

池本美香 そうです。諸外国では、保育サービス・幼児教育の無償化のような議論も、日本のような「少子化対策として」「女性活躍推進のため」といったものではなく、「子どもの人権を守るため」という視点からスタートしている。だからこそ、幼児教育の質の確保と無償化とが、きちんとセットになった制度設計が実現しているわけです。

大人本位から子ども本位へ

池本美香 そもそも国連は、子どもの権利保護とその促進のために、独立した国内人権機関を置くことを奨励しており、実際、多くの先進国では子どもオンブズマン、子どもコミッショナーといった人権機関が置かれています。諸外国においてこれらの機関は、幼児教育の質確保を政府に提言する第三者機関となっている。しかし日本には、子どもの人権機関どころか、行政権力から独立して人権について提言のできる国内人権機関自体が存在しないんです。

――それは大きな問題ですね……。確かに、働き方改革、ハラスメント対策などの進捗を見てみても、行政府や立法府から独立してきちんとした提言を出している機関など、ないですよね。

池本美香 日本では「子どもは親の所有物である」という考えもいまだ根強く、何かあっても国や社会の責任は問われない。密室育児の母親が虐待事件を起こしても、母親が非難され父親の監督不行き届きが指摘されることはあっても、核家族化による密室育児そのものがはらむ問題については、なかなか議論されてきませんでした。

 子どもの人権に対する意識の低さには、女性の政治参加率が低いことも関係しているでしょう。事実、保育の先進国といわれるニュージーランドは、世界で最初に女性の参政権が認められた国。2018年には、女性首相が産休を取ったこともニュースになりましたよね。

――では、あらためて子どもの人権という視点から眺めてみた場合、10月から実施される幼保無償化の制度は、本来的にはどのように改善されるべきでしょうか?

池本美香 まず大前提として、保育所その他の施設の質を確保するための環境を整え、保育士の負担軽減を図ること。その上で1点目としては、3歳未満児への支援を強化すること。2点目としては、無償化の対象は一定の質が保証された施設に限ること。

 高齢化が進み、女子どもの票を狙っても仕方ないと政治家の皆さんは考えるのかもしれません。それでも、未来の大人たちが「この国に住み続けたい」「この国で子どもを育てながら暮らすことは幸福だろう」と思えるようにしてほしい。そのためには、制度改革の視点を、大人本位から子ども本位のものへ方向転換していくべきだと強く思いますね。

【前編はこちら

(構成=有馬ゆえ)

有馬ゆえ

有馬ゆえ

2007年からライター、編集者としてメディアや広告のコンテンツ制作に携わる。「ハフポスト日本版」「NewsPicks」「朝日新聞EduA」などでWEBメディアにて執筆中。

Twitter:@yuearima

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