鬼塚眞子「目を背けてはいけないお金のはなし」

「高齢者に火災保険は不要」はトンデモナイ!火災で家を失った際の完全マニュアル

「gettyimages」より

 近年は自然災害が多発し、各地に甚大な被害をもたらしている。ご自身が加入されている火災保険の契約内容を確かめた方も多いと思う。けれど、親の加入している火災保険の内容を把握されている方は、どれほどいるだろうか。実は、高齢の方には、火災保険に対して誤解をされている方が少なからずいるばかりか、ひいては子供にまで影響を及ぼす場合もある。今年10月から予定されている火災保険の値上げ、消費税の増税と家計の負担が増えるなか、親の火災保険の不備で、子供が経済的なとばっちりを受けるのは断じて避けたいもの。被災者になった場合、生活を再建するのはどれほど大変かを行政の支援を交えて紹介する。

失火責任法を理解する

 筆者がある介護関係の講習を受講した時に「これから、火災保険の裏技を教えるね。高齢者には火災保険はいらないの。自分の家から出火して近所が火事になっても責任は取らなくっていいのよ。高齢者なんて、いまさら家を建てることもないだろうから、火災保険なんて、入らなくっていいのよ。覚えておくといいから」と得意げに講師が話すのを聞いて、絶句したことがある。

 講師が「近隣に類焼を及ぼしても、火元は責任を取らなくていい」というのは、「失火の責任に関する法律」(以下、失火責任法)という法律のことだ。ざっくりと失火責任法について説明する。一般的に、故意や過失で相手に損害を与えた場合、その損害に対して賠償する責任がある。けれど、失火責任法では、その損害を与えた原因が火災だった場合、“重大な過失”(以下:重過失)がなければ、責任はないというものだ(大家さんに対しては軽微な過失でも、損害賠償責任を負うことになる)。

「隣の家から火が出て、私の自宅が燃えたら、被害の賠償はされないのか」と憤慨されるかもしれない。だが、いくら紛糾しようが泣き叫ぼうが、法律で定められている以上は、残念ながら自分の家の修繕などは、自分が加入している火災保険で補償するしかないのが現実だ。

 しかし本当に講師の言うように、自分の家から出火して近隣に類焼しても、一切責任を問われることはないのだろうか。

 重過失とは、「めったに起こらないような重大な過失」というわけではない。最終的には裁判で個別の案件ごとに事情や背景が勘案されて、判決が下されるが、「このままだったら事故やケガにつながることが簡単にわかりそうなのに、なぜ注意を怠ったのか」というレベルでも重過失とみなされることがある。

 実際の判例でも、「天ぷら油の入った鍋を火にかけたまま、その場を離れて戻ってきた時には出火していた」「寝る前にたばこを吸って、うとうとしてしまい、気が付いた時には布団が燃えていた」「石油ストーブの火が付いたまま給油して、石油が落ちて引火した」などが重過失と判断されている。仮に軽微な過失と判断された場合でも、それを繰り返すと、重過失とみなされるとの考えもある。

 つまり、自分の家から出火して近隣に類焼を及ぼすと、すべてが“無罪放免”となるわけではないことがおわかりかと思う。

行政の各種支援

 先日の京都アニメーション放火事件で消火活動を行った京都市消防局の会見でも、目に涙を浮かべながら「(建物の中に)入ろうとしたができなかった」と話していたのを聞いて、筆者が何度か火災現場の取材をしたときを思い出した。いずれも一般家庭の火事だったが、テレビなどの報道で見るよりも火の勢いと火が回る速度は、すさまじい。中心部は1000℃を超える熱さともいわれ、到底そばに近づけるものではない。このため、歯ブラシ1本、タオル1枚さえ持ち出すこともできず、文字通り“着の身着のまま”で、命からがら助かるケースも多い。

 高齢者の火災保険について説明する前に、行政などの支援について紹介したい。

 自宅や家財が火災に遭い、被害が大きいほど、その日からの生活の場所の確保に困ってしまう。「どうしたらいいか」と絶望する気持ちになるが、全国の行政や官公署・日本赤十字社などは、各種の救済・支援制度等を制定し、被害状況に応じて受けられる場合がある。

 日本赤十字社は、災害時には医療救護や血液製剤の配給以外にも、必要に応じて、災害見舞金や弔慰金、毛布やタオル、歯ブラシなどの日用品、安眠セット、緊急セットなどの緊急物資の交付を行っている。

 手渡しの現場に居合わせたことがあるが、火災で全焼し、何一つ持ち出せなかった被災者の方が、無表情で受け取っていたシーンを忘れることはできない。警察や消防関係者、町会の方もその場に居合わせたが、深い悲しみを察して、誰も掛ける言葉など見つからなかった。

 火災は高齢者がストーブに火がついたまま給油したことが原因だった。2階の窓から隣家の2階の窓にパリーンという乾いた音とともに一瞬にして火柱が突き抜け、飛び火した。真っ暗な夜空に壁に貼っているポスターが浮かび上がる。その様子から恐らく子供部屋であることがわかった。それまで携帯電話で火事の様子を撮影していたヤンチャそうな若者が「あの部屋が俺の部屋だったら、辛すぎる」と独り言をつぶやき、撮影を止めた。火はさらに勢いを増し、わずか30分程度で隣家は全焼した。後日、逃げるだけで精一杯で何も持ち出すことはできなかったと聞いた。

 生活再建は住宅の確保から始まるといっても過言ではない。行政もいろいろと救済・支援をしている。東京都の場合、一時的に都営住宅に入居する場合の窓口は、東京都住宅供給公社 都営住宅募集センターとなる。市区町村によって、緊急一時保護として空き家がある場合の紹介は、生活福祉相談係であったり、宿泊旅館を紹介してもらいたいなら、地域コミュニティ課だったりする高齢者(満60歳以上)単身又は高齢者世帯の方は、民間土地所有者等が整備する高齢者向け優良賃貸住宅等に入居できる地域もある。

 町会でも、被災者家族に町会会館を提供する場合もある。火事は平日の日中にいつも発生するわけではない。私が取材した中には、もらい火で4軒が全焼したケースがあった。この時は、年末の夜だったからか、ホテルも満室、近くに親族は住んでいたが、部屋に余裕がなく、結局、全家族が町会会館を利用することとなった。しかも一つ屋根の下に、火元と類焼先の家族が一緒に一晩を過ごすという、こんな現実があるのだということを痛感させられた。

 住宅支援だけでなく、税金の減免手続きもあることは覚えておきたい。東京都なら、特別区民税なら各区へ、所得税は所轄の税務署、都税の減免なら東京都税事務所となる。ほかにも国民健康保険料、介護保険料、後期高齢者医療保険料、保育料も減免の対象となったり、応急小口資金などの貸付や粗大ごみの処分を行っている行政もある。

 こうした手続きを受けるために、忘れてはならないことが罹災証明書だ。被災者の方が生活再建に向けた支援を受けるために欠かせない証明書で、「生活再建のパスポート」とも呼ばれている。災害で住宅・家財がどの程度の被害を受けたのかを証明する書類となる。自然災害の場合には、市町村役場などの自治体が発行するが、火災被害の場合には消防署が発行することに注意したい。

 忘れがちなのが不動産登記だ。建物・家屋を解体した場合には、1カ月以内に建物の滅失登記を行うことが定められている。これをしないと、翌年以降も固定資産税を支払わないといけなくなる。この手続きを行うのは、建物の所有者となるが、自宅が全焼して1カ月以内など、まだまだパニック状態だ。しかも、一般の人が手続きをスムーズに行えるとは思わない。そうした場合は、法務局か司法書士に相談することになるが、罹災証明書が手続きには必要となることは覚えていきたい。

 いずれにせよ、救済・支援内容を受けるには、窓口が複雑多岐にわたることがおわかりかと思う。自治体のなかには一覧表を作成しているところもあるが、被災者が行政や消防署、警察にいろいろと聞きながら手続きを行うこととなる。

 特に、高齢の被災者で類焼による場合は、手続きの煩雑さが、より肉体的・精神的に大きな負担になるため、必然的に子供や親族の協力は不可欠だ。優先順位を立て、整理するためにも消防署や警察署、地域の民生委員、行政の総合窓口に行って相談・確認して、進めていくことが重要となる。

 ところで、東日本大震災で知られるようになったのが、被災者生活再建支援制度だ。この制度は、要件を満たし、申請後認められれば、支援金が受給される

【以下、内閣府HPより】

住宅の再建の態様等に応じて定額(渡し切り)方式で支給

以下の(1)と(2)の合計額(定額)

(1)基礎支援金

全壊100万円

(大規模半壊は50万円)

(2)加算支援金

住宅を建設・購入する世帯200万円

住宅を補修する世帯100万円

住宅を賃借する世帯50万

 従来は自然災害だけの制度が、大規模火災でも適応されるケースが出てきた。2016年(平成28年)12月22日に新潟県糸魚川市で発生し、被害家屋・店舗など147棟、負傷者17人を出した糸魚川市大規模火災は、記憶に新しいところだと思う。この被災者家族に、同法が初めて適用されることとなったのだ。この背景には、吹き荒れる強風によって瞬く間に火が燃え広がったため、自然災害と認定されたことによる。

 どんな小さな火災も起こらないことを願うが、同規模の火災が発生した場合、今後、同制度の適用が可能になることは、被災者にとって、一歩前進といえるのかもしれない。

(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)

※後編に続く

鬼塚眞子/ジャーナリスト、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表

出版社勤務後、出産を機に専業主婦に。10年間のブランク後、保険会社のカスタマーサービス職員になるも、両足のケガを機に退職。業界紙の記者に転職。その後、保険ジャーナリスト・ファイナンシャルプランナーとして独立。両親の遠距離介護をきっかけに(社)介護相続コンシェルジュを設立。企業の従業員の生活や人生にかかるセミナーや相談業務を担当。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌などで活躍
介護相続コンシェルジュ協会HP

Twitter:@kscegao

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