――皇室タブーをめぐるメディア対右翼という構図は今もありますか?

篠田 今は昔ほどストレートに右翼が動くことはありません。昔はそういう構図で、この問題をやれば右翼が動くと言われたんだけど、今は右翼のほうも既成右翼とネトウヨに分裂しちゃいましたからね。右翼にもいろいろテーマがあるんだけど、昔は天皇問題では一致していたけれど、今はそれもバラバラですからね。

 本でも取り上げたピンク映画の話(第16章「封印されたピンク映画」)で、昨年3月に「週刊新潮」(新潮社)の新聞広告が黒塗りになって、久々に天皇問題が大きな話題になりました。だから、タブーというのはそのまま続いてはいるんだけど、それに対する意識とか自覚がすごく希薄になってしまったということですね。いまだに、象徴天皇制とはなんなのかという議論もきちんと起きていませんからね。

***

 以下が『皇室タブー』のもくじだが、襲撃事件や銃撃事件といった血なまぐさい事件も多い。

「菊のタブー」とは何か、「風流夢譚」封印と復刻、「パルチザン伝説」出版中止事件、『新雑誌X』襲撃事件、講談社『ペントハウス』回収事件、天皇コラージュ事件、天皇Xデー記事で『創』へ街宣、『週刊実話』回収と『SPA!』差し替え、美智子皇后バッシング騒動、美智子皇后「失声」から銃撃事件へ、『経営塾』への猛抗議と社長退陣、『噂の眞相』流血事件、封印された「皇室寸劇」、渡辺文樹監督と「天皇伝説」、『プリンセス・マサコ』出版中止事件、『Will』侵入事件と右派の対立、封印されたピンク映画、秋篠宮家長女結婚騒動と象徴天皇制。

***

――取り上げた事件のなかで、どの事件が衝撃的でしたか?

篠田 1960年代前後に一連のタブーの原型がわかるような事件が続いたんですが、深刻さでは、やっぱり61年の「風流夢譚事件」ですよね。それについては、2011年に電子書籍で『風流夢譚』は復刻されているんだけど、そのこと自体があまり議論にならないんですよ。つまりタブー意識そのものと同時に、それについて考えようという気分が、今の言論界では風化してしまっているんです。

 タブーがどういうふうに変わっているかという議論は必要だと思うし、『風流夢譚』や『政治少年死す』を取り上げたからといって、当時を蒸し返すことにはならないと思うんですが、今はそういう意識そのものがないんですね。タブー意識を忘れているなら、このままでもいいんじゃないかという考え方もあるかもしれないけど、私はこのままでいいのか疑問ですね。

『皇室タブー』 改元と天皇の代替わりがお祭り騒ぎだけで終わろうとしている状況下で、象徴天皇制について改めて考える。1961年、右翼少年による刺殺事件が出版界を恐怖に陥れ、深沢七郎さんの小説「風流夢譚」は封印された。その後50年を経て、封印は解かれつつあるのだが、果たして出版界は皇室タブーの呪縛から逃れられているのだろうか。皇室を扱った表現がその後も回収や差し替えにあっている現実をたどることで何が見えてくるのか。 amazon_associate_logo.jpg
RANKING
  • ジャーナリズム
  • ビジネス
  • 総合

関連記事